社会人1年目、ポルシェを買う。
2016.04.13
第2話:ひとまず、見にいく。
学生時代にAUTOCARでアルバイトをしていた
2つ年下のIくん
(程なくして彼はポルシェを買った)と
空冷のポルシェを見にいくことにした。
環八沿いにある、
空冷の911を得意とする専門店 ‘プレステージ’。
「ポルシェ-空冷-東京」でググったら
1番うえにヒットしたというのが、
Iくんがこのお店にした理由なんだそう。
お店に行くと、
整備とセールスを担当しているという齋藤さんが、
若僧の僕たちに、空冷エンジンの仕組みや、
壊れやすいモデルと壊れにくいモデルなど、
ポルシェの良いところ、悪いところを
メカニックの観点からとてもていねいに教えてくれた。
僕らにとっては、はじめて出会う
ポルシェの世界のやさしいお兄さんである。
ストーリーは明快で、
聞けば聞くほど思わず引きこまれてしまうリズムに
2人してうっとりとしてしまった。
「実は、店舗と少し離れたところに、
在庫車を置いてあるんです」と齋藤さん。
もちろん連れていっていただくことにした。
クルマで5分ほどのそこは、隙間なく家が建ち、
そのあいだをクネクネとした道が這う
世田谷ならではの住宅街の一角だけど、
プレステージの敷地だけは厳正なセキュリティの内側に、
端から端までぎっしりと空冷のポルシェが並んでいた。
僕たちにとってはディズニーランドよりも夢の国だった。
1台のモデルを見つけた。993だった。
小さい頃スーパーカーの図鑑で見た、
ヘッドライトの立った911 -つまり964まで-
の印象が強く残っているゆえ、993は盲点だった。
見たことなんてほとんどないのに
‘なんかかっこ悪いヤツ’ と勝手に思いこんでいた。
しかし生でみる993は、
写真で見るよりも低く構えていてかっこいい。
しかも空冷。モスグリーンという外装も洒落ていたし、
リア・ワイパーとサンルーフをオプション装着しなかった
初代オーナーの硬派っぷりにもやられた。
「どうぞ乗ってみてください」と齋藤さん。
2人でキャビンに乗りこむ。
ドアを閉めると、930とおなじ
硬い ‘鉄っぽい’ 音が鳴り、耳がキーンとした。
インパネもシンプルで、
どのスイッチを押してもカチカチしている。
もちろん内装のデザインは、
5年という月日でさえトレンドが変わるため
モダンと表現するにはムリがあるけれど、
僕が生まれた直後にデビューしたクルマであることが
信じられないくらい古臭さがなかった。
年月が経っているから味わいも増しているし、
シンプルで驚くほど洗練されている。
それにダッシュボードの組みつけも
ガッシリとしていている。
問題は音だ。
キューサンマルみたいな音がしてくれるのだろうか?
I君がキーを捻ると一瞬でエンジンがかかり、
バッサバサバサバサ……。空冷の音だ!
恐る恐る(でも平静を装って)
「だいたいお幾らくらいですか?」
「500万円後半ですね(サラリ)」
えーっと、住まいのランクを下げて、
毎日飲み食いせずに……、
いや、いっそのこと会社に寝泊まりするか……。
空冷ポルシェが高騰しているとは聞いたものの、
あまりに不勉強すぎた。
いうまでもないが、社会人1年目の僕には
財政的に厳しい。一発KO。
プレステージで体験した夢のような時間は、
いま思いだしてもドキドキするものだったが、
社会人1年目の僕にとって、
夢のポルシェ探しはいきなり
心を折られる結果となった。
※今回も最後までご覧になってくださり、
ありがとうございます。
第1話を書いたときは、
‘公開’ ボタンを押す寸前まで手が震えていました。
ところが、いざ公開してみると、
アクセス数の数字が1、2、3……と
みるみるうちに増えていき、
インターネットという土俵ならではの
ドライブ感に驚き、1日じゅう数字を見ていました。
うれしかったのは、
たくさんの励ましのメールをいただけたことです。
はじめるまでは、怖くてたまらなかったのですが、
「昔は太朗君のような無茶をしたものだなぁ」
「上野さんに負けていられないと思いました」
「ぜひ、雪の山道をトライしてください笑」など、
あたたかく興味深いメッセージが次々に届き、
読者の皆さまと(まことに勝手ながら)、
つながっている気持ちになりました。
今後とも、[email protected] まで、
皆さまの声をお聞かせください。
もちろん、なんでもないメールだって
お待ちしております。