社会人1年目、ポルシェを買う。

2016.04.20

第4話:いやなことは重なるもの。

「たろーちゃん、買うたで! ポルシェ!」
と電話がかかったのは、
不甲斐ない結果に終わった996試乗の翌日。
数週間前に一緒にプレステージをたずねた
Iくんが、ポルシェを買ったのだった。

納車を済ませた直後の電話のむこうのIくんは
「えぇわー、ほんま」と浮かれ気味。

さらにその4日後、「ドライブいこや〜」との電話。
12月25日という甘やかな夜だったけれど、
(奇遇にも)予定があいていた僕は、
AUTOCARがオフィスを構える三軒茶屋まで
迎えにきてもらうことにした。

明るいところではパープルにもワインのような、
暗いところではブラウンのようなブラックにも見える
カルモナ・レッドという外装に
ベージュの内装を合わせた987型のボクスターは、
決して派手ではないのに、
国道246号沿いを歩く人びとの視線を
ほしいままにしていた。

「ほな、いこか〜」ということで、首都高速をぐるり。
真冬だというのに屋根をあけると、
フラット6の乾いた音がひときわ大きく聞こえる。
かの男の頬は緩みきっている。
ほんとうにうれしそうだ。ちくしょう!

クリスマスだというのに、
ポルシェをもっていない僕が、
ポルシェをもっている男のノロケ話を聞く。

手をつなぎながら浮かれ気味に肩を寄せあう
幸せそうなカップルをやっかむほうがまだよかった。
とどめを刺すかのように、彼は終始 ‘ドヤ顔’。
正直にいってかなり辛い夜だった。

考えていた以上にダメージを受けていることに
気づいたのはその翌日だった。

土曜日だったけれど、
進行中の原稿の手直しをするために、
自宅近くのスターバックスに入り、
赤いペンで原稿に書き込みをしていた。

そこに一本の電話。‘笹本健次’ と表示されている。
編集長兼、わが社の代表取締役社長だ。
こちらから電話することがあっても
(その時もけっこう緊張するので深呼吸する)、
携帯に、しかも休日にかかってくることはまずない。

恐る恐る電話にでると、
いきなり「焦んなや」と聞こえてきた。
文字にすると怒っているみたいだけど、
電話から聞こえる声はいつになくやさしい。

「焦んなくていいから。
 君はこれからいくらでもクルマに乗れるだろ?
 それにアドバイスをくれる人もたくさんいるからさ。
 じっくりと考えて納得のいくものにしようや」

きっとIくんが、
納車直後に僕とドライブにいったことを
笹本さんに電話で報告したのだろう。
それで僕の心中を察した笹本さんが
電話してくれたのだと思う。

きっと原因はひとつではなかったと思うけど、
休日の、それもクリスマスの余韻と
年末に向けた高揚感がただようスターバックスのなかで
涙と鼻水がとまらなくなった。
恥ずかしかったけど、とまらなかった。

実は、25日の夜から朝にかけて
僕は本気でボクスター/ケイマンの中古を探していた。
オープンは気持ちがいいし、
やはり目の前にすると心が激しく揺れる。
不甲斐ない結果に終わった996の試乗で得た
嫌な感触をIくんのボクスターが
振り払ってくれたというのも大きい。

いま現在、987型前期あるいは986型後期の
ボクスターを買う値段と、
996型のちょっと距離が伸びた個体を買う値段は
あまり大きく変わらない。

大きく変わらないのならば、
年式があたらしいボクスター/ケイマンを買うほうが、
リスクの少なさという点で賢明なはずだ。
それに屋根があく。気持ちいいにきまってる。

しかし結論から先に述べると、僕は911一択とした。
 
 
※今回も最後までご覧になってくださり、
 ありがとうございます。
 
 前回の記事の公開を終えたあとも
 引きつづき手元には
 たくさんのメールが届いています。

 皆さまと交流ができる、
 唯一のコミュニケーション・ツールだけに
 やはりあたたかいメールがうれしく、
 最近はメールの ‘受信’ ボタンを
 無意識に押してしまう癖がついてしまいました。
 順次、返信しています。
 気長にお待ちいただければ幸いです。

 ここ最近増えているのが、
 愛車遍歴が綴られたメールです。
 記事が記事だけに、若くしてポルシェを
 (かなりの無理をして)手にしたという
 ストーリーを多く目にします。

 打ち明け話や、懺悔にちかい話。
 ひとつひとつのストーリーを読んでは、
 ドキドキしたりしみじみしたり。

 いづれは、こういった皆さまのストーリーを
 (もちろん書いた方々が許していただければですが)
 記事上に形にできないだろうか、
 などと、ふと思ったりもしているところです。

 今後とも、[email protected] まで、
 皆さまの声をお聞かせください。
 もちろん、なんでもないメールだって
 お待ちしております。

 
 

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