社会人1年目、ポルシェを買う。

2016.05.28

第15話:いよいよシャカイチ号に乗る日がきた。

ポルシェがそばにきてから駐車場と保険をきめ、
ようやく自分のポルシェに乗る日がやってきた。
しかしこの日も平日。
仕事がおわるまで、カウントダウンだ。

あと10分も……5分、2分、30秒、0秒!
「今日はお先に失礼します!」
勢いよく会社を飛びだし、急行電車で最寄り駅へ。
そこからさらにバスにのって坂道をのぼり、
ようやく笹本編集長のガレージについたのは、
20時30分を回っていた。

キーのボタンを押すと、シャカイチ号は
「待ってました」と言わんばかりに
左右のウインカーをブリンクした。
「あぁ〜この日がやってきた」と
ひとり思わず声にだしてしまった。

いそいそとシートに身を沈め大きく深呼吸をする。
小学校の校長室のソファみたいななつかしい香りがする。

エンジンをかける。
すこしバッテリーが弱っているのか、
3秒くらいのクランキングのあとに、
ジャラジャラジャラジャラ〜とエンジン音が響く。
何でもないアイドリング音なのに越に浸ってしまう。

この日は格好をつける日にしようと決めていた。
だからちゃんとジャケットを身につけていたし、
センパイからもらったオールデンの靴も履いていた。
もっと格好をつけるために、
東京で出会った唯一の女ともだちも誘っていた。

待ちあわせの場所にいかなくては。
ガレージは坂道の中腹にあったため、
なんとかエンストしないようにと
無意識にアクセルを煽りすぎて
エンジンがうぅぅぅぅんと唸る。
カッコ悪いけど気にするもんか。

家々のあいだを、ウインドウを開けて走っていると、
ヒューーーーーンというかミャーーーーーというか、
ネコ科の動物が鳴くような
高いエンジン音がこだましている。
(これが正しい音なのかどうかはわからないけれど)
996型のポルシェの音なのか〜と感心する。

学芸大学駅の前でともだちをピックアップする。
「いつのまにかお金持ちになったのね〜」
彼女はそういった皮肉をいうのが上手なのである。
花柄のスカートに、白いコットンのT-シャツ。
肩にカーディガンをかけていて、石鹸の香りがした。

僕は辰巳パーキング・エリアが好きだ。
大黒PAみたいに賑やかすぎることもなく、
芝浦PAほどこじんまりとしてないからだ。
本線に合流する際に、ストレートを加速する
あらゆるクルマの音を聴ける、というのもある。
そこから見える、東雲のビル群もかっこいい。

クルマがないときは
ともだちに連れていってもらっていたから
今回もいけるだろう、
そう思っていたのがまちがいだった。

果たして僕は道に迷った。
というよりも気づいたら首都高を降りていた。
あっという間に心折れてしまった僕は、
東京の女の子と東京タワーを見にいった。

あまりにかっこわるすぎたけれど、
いつも歩道からしか見ることのなかった東京の街は
より一層洗練しているように感じた。
待ちゆくみながポルシェを見ているような気さえした。

そして996は乗り心地がよかった。
静かで、がっしりとしていた。
低い回転域だと高音を発するエンジンは、
4500rpmにいたるころには
なめらかで太い、抑揚ある音に変わった。

はじめてじっくりと乗る996は最後の最後まで
ひどくよそよそしいものだったけれど、
それでもこれからなんとかうまく付きあっていきたい
いや付きあわせてもらいたいと思わせてくれた。
 
 
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