社会人1年目、ポルシェを買う。

2016.09.07

第30話:シャカイチ号、事故る。なおす。

まったくもって安楽に移動ができる
トヨタ・ファンカーゴとの蜜月がはじまり、
あっというまに1週間がたった。

「あぁポルシェの禁断症状が……」
なんてことを書いたほうが、
‘それっぽい’ のかもしれないけれど、
自分でも不思議なくらい、ちっとも寂しくなかった。

あっというまに、カワナさんから電話があった。
綺麗になったシャカイチ号に会いにゆくのだ。
なのに、待ちきれずにソワソワするといったことはなく
「あぁ、またいつもの日々がもどってくる」という、
ある種の憂鬱さを感じていたくらいだった。

           ■

ボディショップ カワナ’ につくと、
シャカイチ号は、リアをこちらにむけて待っていた。
カワナさんの腕のよさはとても有名だけれど、
事故は僕にとってはじめてのことだったから、
おそるおそる右フェンダーを確認した。

右フェンダーは、
「事故は夢だったのだろうか?」と思うくらい、
完ぺきにもとの姿に戻っていた。

近ごろは、へこんだフェンダーばかり見ていたから、
ふくよかに膨み、
つるりとなったフェンダーはとても優美に感じた。

さっそくカワナさんは、
作業中の写真を現像して見せてくれた。
(このページのトップの写真です)
へこんだ部分は、大部分を叩きだし、
防錆プライマーを入れて、スプレー・パテを入れる
→スプレー・パテをサンディングする
→上からサフェーサー、そして塗装、磨き
の順で、もとのカタチに戻してくれたという。

僕は ‘どのようにして’、元のカタチに戻したのか
という点も気になったので聞いてみた。

「かんたんにいうと、逆サイドを見て、
 それにあわせて叩いたり、
 パテで整えたりしたんだよ」と
カワナさんはサラリとおっしゃった。

わざわざ説明することさえ野暮だけど
型をおこして成形するのではなく、
目で見て、おなじカタチをつくるのは
とてもじゃないがむずかしい。

「だからよぉ、あんま近くでみないでくれや」
なんていう冗談まで。ちょっとおそろしくなった。

「ほんとはさ、
 もっと安い値段でやってくれるところもあるんだ。
 おれはそれを否定するつもりはないし、
 むしろあのスピードを尊敬してたりもする。
 大切なのはな、仕事への向き合い方が大事なんだ」

カワナさんのTシャツは汗でぐっしょりと濡れ、
履物の隙間から見える靴下は、
粉体になった塗料の色であざやかに染まっていた。

           ■

そして、キーを受け取った。
今後の支払い計画を伝え、
(月賦払いで、カワナさんに印鑑をもらう。
習いごとのお月謝みたいなかんじ)
お礼をいってキーを捻りエンジンをかけた。

冷えきったエンジンはバオっと音を発したあと、
ジャーーンと大きな音をうしろから聞かせてくれた。

まずはじめに驚いたのは、20km/hに満たない速度でも
五感すべてに伝わる情報が生々しいことだった。
ステアリングを回せば、
よく切れる包丁で新鮮な野菜を切るみたいに
サクリと向きを変え、
アクセルを踏んだぶんだけ前に進んだ。

たった1週間の別れだったけど、
こんなにポルシェって直感的だったのかと驚いた。

           ■

結局、都内方向まで逆戻りして、
30km程度あてもなくドライブして帰った。
駐車場に停めて、ビールを1本買い、
蝉の声もすっかり聞こえなくなった夜に
シャカイチ号とささやかな祝杯をあげた。

ぶつけてほんとうにごめんなさい。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
※今回も最後までご覧になってくださり、
 ありがとうございます。
 
 ようやくもとのカタチになって、
 シャカイチ号は戻ってきました。

 事故後、たくさんの励ましのメールをくださり
 それに支えられて、歯を食いしばれました。

 お返事、すこし遅くなってしまうと思いますが、
 ここには書いていない気持ちなどもふくめて、
 お返しできればと思っております。

 今後とも、[email protected] まで、
 皆さまの声をお聞かせください。
 もちろん、なんでもないメールだって
 お待ちしております。

 
 

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