社会人1年目、ポルシェを買う。
2019.01.19
第87話:ポルシェ930、ファースト・ライド。
「これ、鍵。じゃ、気をつけて」
8日、定時の時刻を秒針が伝えた瞬間
いちもくさんに編集⻑のガレージに走った。
着くと、ガレージのガラスから、
中を照らすオレンジがかった
あたたかい光が漏れ出ていた。
戸をスライドさせると930がそこにあった。
「これ、鍵。じゃ、気をつけて」
くぅーーーー、いつもながらそっけない!
キーをドアノブに差し込んで、ひねると、
いかにもドアのなかで機構が動くような
ぬるりとした、重みのある手応えが伝わる。
ガッチャンとドアがあく。イスはふかふかだ。
古いポルシェの
かっこいいおじさんみたいな香りを
鼻からいっぱいに吸い込む。
クラッチだけを踏んでエンジンをかける。
ギュル、ギュル
……ブァッサヴァサヴァサ!
ちょっとのハンチングのあと、
いかにも朴訥とした趣きで寸分の狂いなく
ドッドッドッとアイドルする。音は大きい。
ここですぐさまエンジンをオフにして、
ルンルン気分でバスに乗って家に帰って、
またその音を思い出しながら、
ちょっとの興奮とともに深い眠りにつく。
いままでのように、これだけでも大満足だ。
でも、いま僕は、このクルマを
(数奇な運命を経て)所有している。
未だに実感こそないけれど、
自分の家に持って帰ることができるのだ。
読者の皆さんの熱い応援を思い出す。
いよいよ走り出そうではないか。