メルセデス300SLR 圧倒的なパワー、栄光に彩られたストーリーを紐解く

公開 : 2017.04.29 00:00  更新 : 2017.05.13 12:48

いまなおメルセデス・ベンツ300SLRをしてドイツの生み出した最高のレーシング・モデルという声は少なくありません。いま、その栄光のストーリーを紐解くとともに、滅多にダイムラー・ベンツ社が許可しない300SLRのステアリングを握ってニュルブルクリンクを周回します。

 
「ニュルブルクリンク(ドイツ)の北コース。パワフルなメルセデス・ベンツ300SLRの実力を解明するのにふさわしいコースはこれ以外に考えられません」クラシック&スポーツカーの分野で数多くの試乗を行ってきたベテラン・ジャーナリスト、ミック・ウォルシュは情熱的に語った。

誰もが黙る存在感

58年の歳月を経てもなお、超高性能レーシング・マシンとして一世を風靡したメルセデス・ベンツ300SLRは、ドイツ国民の心を高揚させる。その日の朝、ニュルブルクリンク・サーキットは曇りで、外は肌寒かった。1950年代における究極のレーシング・マシンであったメルセデス・ベンツ300SLRの登場である。58年前に300SLRをニュルブルクリンクに運び、その当時、レーシング・マシンに負けない人気を誇ったとされるライトブルー、オープン・デッキの高速トランスポーターほど魅惑的ではないものの、やはりメルセデス・ベンツの巨大なトランスポーターの後部で戒めを解かれ、リフトに載せられる。周囲の人々は、畏敬の念を込め、その光景を静かに見守った。1955年5月、ニュルブルクリンクで行われたADACアイフェル・レースで、ミッレ・ミリアで優勝した300SLRチームが、またも勝利を飾る光景を数千もの観衆が目にした。今回優勝したのは、F1で5回のワールドチャンピオンに輝き、「エル・マエストロ」と呼ばれたレーシング界の巨星ファン・マヌエル・ファンジオであった。観衆はまた、ほぼ2倍の年齢のベテラン・ドライバーであった同じチームのファンジオを追う英国出身の25歳の天才ドライバーで、後に「無冠の帝王」と呼ばれるスターリング・モスの走りに歓声を上げた。メルセデス陣営としては、欲を言えば、勝利パレードの先頭にはドイツ人のドライバーに立って欲しかったかもしれない。しかし、ハンス・ヘルマンがモナコGPのクラッシュ事故から回復途上にあったため、メディアとしても、シルバーで斬新なスタイルの300SLRプロトタイプのドライバーとして、新進気鋭の若き英国人ドライバー、スターリング・モスと老練なファン・マヌエル・ファンジオ以上の組み合わせ以上は想像できなかった。

SLRを横から眺めると、高くて長いヘッド・フェアリングが特徴的だ。


ダイムラー・ベンツ社は、今でも、この華麗なスペース・フレーム構造の300SLRの取材や試乗をめったに許可しない。そのことも、300SLRファンにとって最大限の効果を上げている。曲線美溢れる個性的な300SLRがパドックに姿を現すと、サーキットが静まり返った。滑らかで引き締まったスタイルのジャガーD-タイプやマセラティ300Sのような意味での美しさではないものの、300SLRには、大きく開いたフロント・グリル、直線的なサイド、そして眉毛を思わせる特徴的なホイール・アーチ上のフィンも相まって圧倒的かつ重厚な存在感が感じられる。

3ℓの排気量から345psを発生

50年代のレーシング・マシンには、単なるチーム・カラーの枠を超えた独特の愛国的な香りがあった。その上、300SLRの明確で整ったデザインは、イタリア車や英国車のものとは対照的だ。側面、コクピットのすぐ手前にある2つのエア・ベントから突き出たツイン・エグゾースト・パイプ、跳ね上げ式の長いリア・デッキ一体型ヘッド・レスト、そして右側にオフセットされ、エンジン・ルームに給気するエア・インテークの隆起など、瞬時にわかる外見的特徴が、300SLRの戦慄すべき戦闘力をさらに引き立てている。サイド・ベントから矢のように水平に突き出すクロム・メッキされたエグゾースト・パイプを備え、流れるようなフォルムは、確かに量産モデルの300SLをも想起させるものの、その超軽量マグネシウム合金のボディに隠されたSLRのドライブトレインは、W196から発展し、F1で培われた最先端の自動車エンジニアリング技術の粋を集めたものである。アルファ・ロメオ8C、ブガッティ・タイプ55、そしてタルボ・ラーゴなど、多くの偉大なレーシング・マシンと同様、300SLRは、基本的には2シーターのGPカーであった。

ボンネット高を下げるために直列8気筒を傾けて搭載した。大きなプレナム室に注目。


ドライブトレインは、W196の直列8気筒デスモドロミック式バルブ開閉制御ユニットを忠実に踏襲する一方、4気筒のブロック2個は、鋼材ではなく、アルミ合金シルミンで鋳造されている。ボア・ストロークが78x78mmのスクエアな2979ccエンジンを傾けてシャーシに搭載し、オルタネータやスターターなど、GTレーシング・マシンに不可欠な装備も備えている。燃料の種類やレース・コンディションに左右されるとはいえ、ボッシュの手になるフューエル・インジェクションにより、最高出力は、市販ガソリンで306ps/7500rpm、アルコール燃料では345psにも達する。ギアボックスはZF製でブレーキは大口径のインボード式ドラムだ。これらは全て、当時の最新技術の結晶であった。1954年に、フェラーリの地元モンツァ・サーキット(イタリア)で行った初期の走行テストで1シーターのW196よりも3秒速いことが既にわかっていた。その段階で、300SLRをレースに投入することも可能であったのかもしれない。しかし、経営陣とチーム監督のアルフレート・ノイバウアーは、GPレースへの復帰に的を絞った方が良いと判断した。

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