クーペ・フィアット誕生秘話 デザイナー、クリス・バングル独占取材
公開 : 2017.10.08 10:40 更新 : 2021.01.30 21:48
いま見ても斬新なデザインのクーペ・フィアット。クリス・バングルが線を引いたということは、わりと有名な話ですが、当時の裏話となれば話はべつですね。とても濃い5ページをゆっくりとご覧ください。
もくじ
ー 既成概念を超えた「ティーポ175」
ー 勝つつもりのないコンペで勝った
ー フォードGT40とカロッツェリア
ー 「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー」
ー サインを貰いたくなるような量産車
既成概念を超えた「ティーポ175」
1993年にティーポ175とコードネームが付けられたクーペ・フィアットが発表された時、メディアも、そして一般の自動車ファンの意見も大きく分かれた。このクルマが、美しくもありながら、既成概念を超えたデザインのクルマだったからだ。
イタリアのスポーツクーペであるからには、当然ながら多くの期待が寄せられる。誰もが欲しがるクルマでなければならないのは当然として、無理のない極上のデザインが要求されるからだった。
一部のひとにとっては、洗練された、そして進歩的なデザイン言語によって表現された正に芸術作品として受け取られたし、恐れ知らずの大胆さが強い印象を与えた。
しかしそれ以外のひとにとっては、アイデアのみが詰め込まれたディテールの騒がしいクルマであるとしか思えなかった。とは言え、このクルマを好むにしろ、嫌うにしろ、無視することはできない存在ではあったことは確かだ。
1992年。フィアットグループのデザイン責任者、ネヴィオ・ディ・ジュストが、ライバルメーカーの「固形石鹸」のようなスタイルを批判した時に、既にクーペ・フィアットのようなデザイン言語を持つクルマが登場する前触れがあった。当時、彼はAUTOCAR誌にこう語っている。「全体的に丸みを帯びたデザインも魅力的だが、そうすると全てのクルマが似通ってしまう」と。
クーペ・フィアットは、フィアット・チェントロ・スティーレの、これまでほとんど名前を聞いたこともない、クリストファー・エドワード・バングルというデザイナーが主となって手掛けたものだった。これ以来20年、この男は、デザイン界の異端児と呼ばれ続けることになる。だが、実はクーペ・フィアットの当初のコンセプトを開発したのは社外のデザイン会社だった。
いま目の前にいるバングルは、当時のことを思い起こしているようだ。