溢れる才能にふさわしい価値 エンビリコス・ベントレー(2) ワンオフの流線型ボディ

公開 : 2024.02.04 17:46

イタリア車へ見間違えるスタイリング

デザイナーのジョルジュ・ポーラン氏の生誕110周年を記念し、2012年にエンビリコス・ベントレーはフランスへ輸送。サルト・サーキットで開かれたル・マン・クラシックへ出場したほか、英国のグッドウッド ・リバイバルにも姿を見せている。

2013年の時点では、カリフォルニアの私立自動車博物館が所蔵する。メルセデス・ベンツ500K アウトバーン・クリエールなど、貴重な戦前の流線型クーペとともに、来場者を楽しませている。

エンビリコス・ベントレー(4 1/4リッター・シャシー/1938年/英国仕様)
エンビリコス・ベントレー(4 1/4リッター・シャシー/1938年/英国仕様)

改めてエンビリコス・ベントレーを観察すると、スタイリングはイギリス風でもないし、フランス風でもない。どちらかといえば、イタリア風。ミラノに拠点を置く、カロッツェリア・トゥーリング社の仕事へ似ているように思う。

トランクリッドのベントレー・ロゴを隠せば、見間違えてしまうだろう。当時のベントレーの上層部が、流線型ボディに難色を示していた理由でもある。とはいえ、戦前の英国製クーペとして、最も素晴らしい容姿にあると思う。

効果的にルーバーが切られ、フロントグリルは大胆。マーシャル社製のヘッドライトが前方を睨む。ドアハンドルは平たく、ボディへ埋め込まれている。1930年代の華やかなフランス流デザインとは異なる、純粋さや機能美が宿っている。

特に印象的なのが、飛行機を彷彿とさせる斜め後ろ。後方へ向けて、滑らかにファストバックのラインが絞られ、面には張りがある。フロントグリルは、少々高さ方向に大きすぎるかもしれない。

ベントレーらしく乗り心地は文句なし

長いリアヒンジのドアを開くと、車内はラグジュアリー。アクリル製ウインドウを備える、軽さを意識したル・マン・マシンらしくない。右側にシフトレバーとハンドブレーキレバーが伸び、乗り降りしにくい。

ダッシュボードはボディと同色で塗装。複数のメーターやスイッチ類が整然と並ぶ。黒い盤面のタコメーターが大きく、レッドラインは4500rpmから。スピードメーターは、210km/hまで振られている。

エンビリコス・ベントレー(4 1/4リッター・シャシー/1938年/英国仕様)
エンビリコス・ベントレー(4 1/4リッター・シャシー/1938年/英国仕様)

シートはタン・レザーで、カーペットはクリーム色。優雅なスタイリングを引き立てている。3スポークのステアリングホイールは巨大で、膝に当たりそうだ。

トランスミッションは、シフトレバーに機械的な感触を伝え、滑らかにゲートをスライスできる。ギア比の幅が広く、2速へのシフトアップ時もダブルクラッチが必要。スピードが増すと、見た目通りの洗練された走りを披露する。

ステアリングホイールは徐々に軽く転じていくが、正確な反応は変わらず。運転する自信を高める。ベントレーらしく、乗り心地は文句なし。風切り音はほぼ聞こえない。

4.25Lの直列6気筒OHVユニットは、スムーズにトルクを生む。レッドライン間際でのパワーの高揚感はないものの、唸りは勇ましい。

ブレーキは強力。細身のタイヤが、バランスの良い操縦性を叶えている。さほど緊張せずに、ヘイたちは流線型のボディでサルト・サーキットを周回したことだろう。

ポーランの溢れる才能にふさわしい価値

コンクール・デレガンスで受賞を重ねる美しいベントレーが、ル・マン24時間レースや最高速記録へ挑んだ輝かしい過去を持つという事実は、にわかに信じ難い。1939年までに、走行距離を20万km近くまで伸ばしたことも、想像し難いといえる。

オークションでの目もくらむような落札額は、クラシックカーを正当に評価したものとは限らない。しかし、ポーランの溢れる才能を評価するものとして、エンビリコス・ベントレーへ与えられた金額は相応しいもののように思う。

エンビリコス・ベントレー(4 1/4リッター・シャシー/1938年/英国仕様)
エンビリコス・ベントレー(4 1/4リッター・シャシー/1938年/英国仕様)

この記事のオリジナルは、2013年1月に執筆されたものです。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ミック・ウォルシュ

    Mick Walsh

    英国編集部ライター
  • 撮影

    トニー・ベイカー

    Tony Baker

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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