フェラーリのカリスマ、ルカ・ディ・モンテゼーモロが成し遂げたこと 【第8回】フェラーリのブランディング戦略

公開 : 2024.06.01 08:05

顧客を「差別」するブランディング

さらに徹底的に顧客を「差別」した。そう、フェラーリへのロイヤリティの高い顧客だけに徹底的なサービスを行うのだ。国際モーターショーのスタンドではそういった顧客だけが優先して招き入れられ、ていねいなアテンドを受けることができるのも一例であり、マラネッロの工場見学も特別なオーナーだけの特権である。

こういった戦略は普通のブランドで行うことは難しいであろう。ラグジュアリー・ブランド以外が行うなら、それは不平等というネガティブな評価以外のなにものでもなくなってしまうからだ。

モンテゼーモロはフェラーリへのロイヤリティの高い顧客だけに徹底的なサービスを行い、特別なイベントやファクトリー・ツアーに招き、ていねいなアテンドを受けることができた。
モンテゼーモロはフェラーリへのロイヤリティの高い顧客だけに徹底的なサービスを行い、特別なイベントやファクトリー・ツアーに招き、ていねいなアテンドを受けることができた。    Ferrari S.p.A

3つのキーワード

ブランディング確率には3つのキーワードがあると筆者は常々考えている。

1. 独自性と持続性

単に新しい技術を導入するということだけでなく、ブランドとしての拘りを10年、15年先にも陳腐化しないで持ち続けられるかがキーだ。フェラーリにはエンジニアリングやスタイリングなどクルマ自体に独自性があるのはもちろんのこと、モータースポーツのためのブランドというDNAを明確に保持している。そのひとつはF1への挑戦であり、創業から現在に至るまで頑なに挑戦し続けている。4ドアモデルにしても創業から75年を経てようやく限られた台数だけが作られるという、ブランドDNAへのこだわりが明確だ。

2.希少性

フェラーリ社が主催する周年記念イベントには、特別な顧客が新旧さまざまなモデルとともに招かれる。写真は70周年記念イベントの模様で、フィオラーノのコースに、世界中から集まった特別な顧客が所有する歴代のフェラーリが並べられた。
フェラーリ社が主催する周年記念イベントには、特別な顧客が新旧さまざまなモデルとともに招かれる。写真は70周年記念イベントの模様で、フィオラーノのコースに、世界中から集まった特別な顧客が所有する歴代のフェラーリが並べられた。    Ferrari S.p.A

顧客の満足度をさらに高め、ブランドの価値を上げるための戦略として、限られた数だけを流通させる。前述したように年間生産台数への考え方を巡って「政権交代」が起きるほど、フェラーリにとっては重要なテーマであり、今なお需要を上回る供給がないようにコントロールされている。

3.伝説 (ストーリー)

広告宣伝費を掛けて幅広く認知させるのではなく、本当に関心のある者だけに響くブランドのストーリーを確立する。そこでは、なによりもその歴史が重要視されている。創立記念などのアニバーサリーはお金に糸目を付けずに、それを祝福するイベントを開催しコアなファンたちと共有する。創業当時の趣が残されたマラネッロ本社のオールドファクトリー・エリアのファクトリー・ツアーにおける訪問は、オーナーたちに向けてフェラーリ神話を感じさせる儀式である。

まさにブランディングへのこだわりが、フェラーリほど徹底している自動車メーカーは存在しないといっても過言ではない。

エンツォの哲学を直接受け継ぐ存在

そして、モンテゼーモロもまた、ブランディングの達人であった。自分たちだけしか作れないものをひたすら作り続け、それを自分のコトバで語る。理路整然とした素晴らしくロジカルであり、あるときはひたすらエモーショナルに…。フェラーリには至るところに、エンツォ、そしてモンテゼーモロをはじめとするその作り手の顔が見える。

モンテゼーモロにはアニエッリ・ファミリーとの強いシナジーがあることから、イタリアのビジネスマンのアイコンたる比類なきブランドパワーを備えているのは大きな強みだ。

創始者であるエンツォ・フェラーリの寵愛を受け、アニエッリ・ファミリーとの強いシナジーを持つモンテゼーモロは、2人の歴史的カリスマの精神を受け継いでいた。だからこそ、フェラーリはエンツォのフィロソフィーを保ち続けることができたのである。
創始者であるエンツォ・フェラーリの寵愛を受け、アニエッリ・ファミリーとの強いシナジーを持つモンテゼーモロは、2人の歴史的カリスマの精神を受け継いでいた。だからこそ、フェラーリはエンツォのフィロソフィーを保ち続けることができたのである。    Ferrari S.p.A

さらに彼はエンツォ・フェラーリの円熟期においても、身近な存在として彼をサポートしたという実績がある。アニエッリ家に限りなく近く、ブランドの創始者であるエンツォ・フェラーリの寵愛を受け、彼の哲学を直接受け継いでいるという望外なカリスマ性を持っている。モンテゼーモロの発する台詞の裏には2人の歴史的カリスマの重みを感じるのだ。

時代とともに経営者の顔とその方針が変わっていったブランドとは異なり、フェラーリはエンツォのフィロソフィーと、そこから生まれた我が道を行く姿勢が変わることはなかった。

モンテゼーモロはエンツォのイメージを延命させることが出来た重要な存在であった。1988年にこの世を去ったエンツォであるが、なぜか今もマラネッロで元気に部下を叱りつけているような錯覚を残している。だから古くからのフォロワーは安心してエンツォの亡霊に心酔し続けることができたのだろう。

続きは2024年6月8日(土)公開予定の「【第9回】株式上場を目論むマルキオンネとの確執」にて。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    越湖信一

    Shinichi Ekko

    イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。前職であるレコード会社ディレクター時代には、世界各国のエンターテインメントビジネスにかかわりながら、ジャーナリスト、マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表として自動車業界にかかわる。現在はビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。
  • 編集

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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