乗るなら目立つブラックキャブ! 石油王が好んだ特注オースチン・タクシー(1) ベースは定番のFX4
公開 : 2024.06.30 17:45
億万長者、ヌバール・グルベンキアン氏が特注させたブラックキャブ 馬車のように四角いキャビン ベースはオースチンFX4 現在のオーナーはザ・ペニンシュラ 英国編集部が珍しい1台をご紹介
石油王が好んだ黒い特注オースチン
映画俳優のシド・ジェームズ氏や貴族のエディンバラ公は、匿名性が高いという理由で、ロンドンではブラックキャブ、通称ロンドンタクシーを運転していた。他方、石油王のヌバール・グルベンキアン氏も黒いオースチンを好んだが、これは良く目立った。
1896年に、大富豪の息子として生まれたヌバール。自身のランチ代の支払いを父に拒否され、1000万ドルの違約金で訴えた過去を持つという、破天荒な人物だった。
1955年に父がこの世を去ると、その遺産の殆どはポルトガルの慈善団体へ寄付された。しかし、親のビジネスセンスを受け継いだ若きヌバールもまた、豊かな財力を我がものとしていた。
上流階級の社交界では顔の広い人物で、グルメとしても知られ、多くの女性へ積極的にアプローチした。同時に、第二次大戦中はイギリス空軍兵を帰還させるために活動するなど、偉業は称えられた。
1959年には著名な実業家として、BBCのインタビュー番組に登場。機知に富んだ発言は、戦後の英国人の心を掴んだ。そんなヌバールは、クルマにも強い関心を寄せた。1972年に彼が亡くなると、残された特注のクルマたちには大きな注目が向けられた。
筆者もオークションへ出品されるコーチビルド・ボディが載ったオースチンを、1973年のテレビ番組で目にしたのをしっかり覚えている。その日は、学校が休みだったのだ。
馬車のように四角いキャビン ベースはFX4
このオースチンは、6500ポンドという驚くような高額で落札された。ヌバールの希望に応じて作られた専用のタクシーで、ボディを製造したのはロンドン南西部、バタシーに拠点を置いたFLMパネルクラフト社だ。
キャビンは四角く、ドアの上にはランプが吊り下がった。フラットな側面には、藤を編んだグラフィックの装飾が丁寧に施されていた。
タクシーでも、ボディの後ろ半分はリムジンのよう。19世紀後半、ビクトリア朝の馬車のように前席側にはルーフがなく、運転手は雨風にさらされた。これは、ヌバールが特注したクルマに共通した特徴だった。
「完全に濡れた人物を見ない限り、自分が完全に乾いているとは感じない」。と彼はこれに関して発言している。とはいえ、制服を着た運転手の身なりを守るため、格納式のルーフは備わったが。
ボンネットには女神のマスコットが載り、ドアハンドルは金メッキ。ブラックキャブでも、他に例がない特別なものであることは、誰の目にも明らかだった。
ヌバールからオーダーを受けたのは、ロールス・ロイスとベントレーのディーラー、ジャック・バークレー社。ベースになったのは、約1000ポンドで売られていた1960年式オースチンFX4で、約2000ポンドの費用でコンバージョンされたという。
FX4はモノコックボディではなく、シャシーが独立していた。特装のベース車両として、好適でもあった。特別なハイヤーだけでなく、霊柩車や配送用のバンなど、実際に多様なボディが載せられている。