「1万1776cc」V8のレーサー ヴォグゾール・バイパー・エアロ 100年前の大排気量モンスター(1)

公開 : 2024.09.01 17:45

ライト兄弟がライセンス生産したV8

ブロックだけでなく、ピストンもアルミニウム製。シリンダーの数は2倍でも、オリジナルの4気筒エンジンより軽い。オーバーヘッド・カムとスチール製クランクシャフトは、当時の自動車用エンジンでは普及していない、高度な技術といえた。

極めて強力で、SE5a戦闘機を高度1万7000フィート(約5180m)まで余裕で上昇させ、222km/hの巡航飛行を叶えた。むしろ、プロペラの設計や性能が追いつかなかったほど。

ヴォグゾール・バイパー・エアロ(1913年)
ヴォグゾールバイパー・エアロ(1913年)

トニーのバイパーが搭載するユニットは、アメリカのライト兄弟がライセンス生産したもの。HS8B型エンジンを、当時は多くのメーカーが生産していた。

それ以外は、基本的にヴォグゾール社製。スチール製シャシーを、半楕円リーフスプリングが支えている。ブレーキは16インチのドラム。ステアリングラックとラジエターも、Cタイプ・シャシーのままだという。

トランスミッションは、マルチプレート・クラッチを備えたDタイプ・ユニット。ただし、内部のメカは強化され、巨大なトルクを受け止めている。

平均燃費は、2.8km/L程度。トニーは妻のジェニーとともに、このバイパーで欧州大陸での休暇を楽しんでいるそうだ。複数のビンテージ・スポーツカークラブイベントにも、定期的に参加している。最近のレースでは、ちょっとしたトラブルを作ったが。

平穏を打ち砕く爆発音 驚異的な加速

V8エンジンの威圧感は、始動前から半端ない。フェンダーやボディ横のランニングボードは備わらず、最小限のボディは優雅。バケットシートの後方には、極太マフラーの間に、120Lの燃料タンクとツールボックスが収まっている。

3枚並んだペダルの内、真ん中がアクセル。右側のペダルは、トランスミッションに内蔵されたブレーキ用だが、このクルマでは動作しない。ボディの外側に突き出たハンドレバーで、唯一のブレーキを操作する。

ヴォグゾール・バイパー・エアロ(1913年)
ヴォグゾール・バイパー・エアロ(1913年)

ダッシュボードは質素なアルミ製で、必要なメーターが並ぶ。左側に巨大なタコメーター。2600rpmまで刻まれ、2400rpmで時速90マイル(約145km/h)に達すると記されている。

点火タイミングを遅らせ、電動スターターを始動。初夏の平穏を、爆発音が打ち砕く。点火用発電機、マグネトーの2基目もオンにし、点火タイミングを早める。シフトレバーは、通常とは逆のHパターンで動かす。

トルクは極太で発進しやすく、1200rpm以上回す必要はない。紐が巻かれたステアリングホイールは握りやすいが、かなりの力が必要。フロントガラスは存在せず、数100m後には帽子と眼鏡が飛びそうになった。

今回お借りしたのは、グレートブリテン島中部のマロリー・パーク・サーキット。高速コーナーでは、バイパーの車重を実感させるが、走りは安定している。直線でアクセルペダルを踏み込むと、ゆったり回転するエンジンが驚異的な加速を生み出す。

当時のドライバーは、今日の2倍近いスピードで順位を競った。その興奮は、想像するしかない。

この続きは、100年前の大排気量モンスター(2)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジョン・ブラッドショー

    John Bradshaw

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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