エンジンを強制停止させる「殺人光線」の発明者に出会った話 歴史アーカイブ
公開 : 2024.09.03 18:05
今から100年前、英国の発明家ハリー・グリンデル・マシューズ氏がエンジンを強制停止させる「殺人光線」のデモンストレーションを行った。インチキのようにも聞こえるが、効果は想像以上のものだった……。
謎多き発明家ハリー・グリンデル・マシューズ氏
今からちょうど100年前、英国で発行された『AUTOCAR』誌の1924年4月18日号はごく平和な内容だった。
表紙にはウーズレーの新型ツーリングカー「フォーティーン」を宣伝するカラフルな絵。巻頭では、イースター休暇中の交通渋滞に十分注意するよう呼びかける記事が掲載されている。試乗レビューはヴォグゾールの新型4気筒セダン。メイン特集は、ウェンブリーに新設された巨大スタジアムで開催される大英帝国展のプレビューだ。
そしてニュース欄では、目に見えない殺人光線(Death ray)の発明について取り上げている。……ちょっと待った。殺人光線?
「目に見える手段なしに内燃機関を停止させることは、1人の英国の電気技師が成し遂げた不気味な偉業である」と当時のAUTOCARは報じた。
「この驚くべき現象は、明らかに戦時中の使用にのみ価値がある。従って、ハリー・グリンデル・マシューズ氏が、この驚くべき結果を得るための手段を明らかにすることは期待できない。そのためデモンストレーションでの説明にとどまる」
「発明者の研究室の一角にあるベンチには、小型の自己完結型(エンジンのこと)と点火用の高電圧マグネトー(磁石発電機)からなる『オート・ホイール』が置かれていた。取材班は、これが一般的なものであること、マグネトーが点火プラグ以外には接続されていないことを確認するために、徹底的に調べるよう求められた」
「そのことを確認した後、エンジンが始動し、十分なスピードまで運転させた。その後、マシューズ氏は(エンジンから)少なくとも45フィート(約13.7m)の距離で自身の発明品を作動させた。すぐに点火が止まり、勢いが失われて急激に減速した。停止する直前、マシューズ氏の操作で装置の電源が切られ、するとキャブレターからわずかな音がして再び点火し、急速に速度を上げた」
「この効果を得るために、1kWの電気エネルギーが使用された。大まかに言えば、この発明は、実際に導体として機能する投射光線によって、極めて高い電圧で電気エネルギーを伝達するものである。光線の性質については、我々は知る由もない」
「目には見えない。厚いガラスや金属などの絶縁材でエンジンを遮蔽しても、点火によるエンジンの制御には何の変化もないと聞いている」
そこで、当時のAUTOCARはこう考えた。
「このような強力な兵器が持つ可能性に、我々は驚かされる。次の戦争はほとんど機械の戦争になるだろうと言われているが、この実験に照らせば、将来の戦争が起こり得るかどうかは疑問である」
では、一体何が起こっていたのか? それは何とも言えない。このような発明を主張する人物は多く、マシューズ氏もその1人で、単に巧妙で説得力のある詐欺師にすぎなかったのかもしれない。
しかし、彼はその後も便利なものを発明し続けることになる。彼の名前が初めてAUTOCARに登場したのは1912年のことで、当時彼は車両と航空機間の無線メッセージ伝送システムをテストしていた。その有効範囲は最大240kmに及ぶらしく、後に彼は女王陛下の前で実演することになる。
第一次世界大戦中、マシューズ氏は英国政府と2万5000ポンドの契約を結び、船舶の遠隔操作技術の開発に携わった。1920年代には、ワーナー・ブラザースのトーキー映画の製作を手伝った。
大きな問題は、マシューズ氏が「殺人光線」の仕組みを説明せず、デモンストレーションでも政府高官を納得させられなかったことだ。
そこで彼がとった行動は、発明品を売るためにフランスへ渡るというものだった。マシューズ氏の乗る飛行機が離陸するとき、出資者2人の代理人である弁護士が飛行場に駆け込み、販売差し止め命令を振りかざすという事態も起きた。
彼はすぐに帰国し、ブリティッシュ・パテ社に火薬に点火する殺人光線の撮影を許可したが、それ以外は何も認めなかった。無一文であったにもかかわらず、航空省からの1000ポンドのデモンストレーションの申し出を拒否した。
ウェールズの田舎町ガワーの電気フェンスに囲まれた大きなバンガローに移り住み(その費用は、裕福なオペラ歌手であった新妻が負担したものと思われる)、光線で作動する楽器、天空投影機、「空中機雷」、潜水艦探知システムなど、疑わしい「発明」に取り組み続けた。マシューズ氏は1941年、心臓発作で61歳で亡くなった。
マシューズ氏は本当に殺人光線を発明したのだろうか? 時代の先端を行く天才だったのか? それともペテン師、詐欺師だったのか? 伝記作家は前者を信じているが、我々が真実のすべてを知ることはおそらくないだろう。