【現役デザイナーの眼:ホンダNボックス・ジョイ】宗一郎イズムとマッチしたデザイン

公開 : 2024.11.08 18:05

ホンダNボックスに、新グレード『ジョイ』が発売されました。「軽自動車、特にNボックスのようなトール系は世界に誇るべきプロダクトだと思っています。大人4人が乗れて、多彩なシートアレンジができ、しかも電動スライドドアまで付いているという、実に日本らしい技術とおもてなしに溢れたクルマです」と話す渕野健太郎が、様々なグレードが用意される軽自動車の『提供価値』と『デザイン』について解説します。

ノーマル仕様、カスタム仕様に続く『第3の提供価値』

ホンダNボックスは、長い間軽自動車販売台数1位の大人気車種です。昨年モデルチェンジした3代目は、原点回帰のようなシンプルなデザインをベースに印象的なヘッドライトなど細部のクオリティを高めています。

グレードは、これまで大きく『ノーマル仕様』と『カスタム仕様』の2方向でした。

左からノーマル仕様、カスタム仕様、それと新発売された『ジョイ』。ホンダは満を持して『第3の価値』を投入した。
左からノーマル仕様、カスタム仕様、それと新発売された『ジョイ』。ホンダは満を持して『第3の価値』を投入した。    ホンダ

『カスタム』というのは、おそらくダイハツ・ムーヴが最初だと思いますが、このように2つの異なった価値をひとつのクルマで提供するという方法は、今やミニバンなどでも一般的になりました。

これはとても賢いやり方だと思います。1台の車を開発するのはとても大きな投資が必要ですが、1台で異なるユーザーに訴求出来るのはとても効率的なのです。

さらに近年、トール系軽自動車では『第3の価値』を提供しだしました。それはスズキスペーシア・ギアや、ダイハツタント・ファンクロスといった『アウトドアフィール』のクルマです。

ここ数年のアウトドアブームは、日本のみならず世界的なトレンドで、クルマのデザインにも大きく影響しています。例えばトヨタRAV-4のようなグローバルで販売するクルマでも、現行型はとてもタフでラギットなデザインですよね。SUVデザインの主流が、高級感などからタフ・ラギット方向へ変わりました。

そんな中、Nボックスはノーマル仕様とカスタム仕様の2方向のままでしたが、その理由はおそらく、販売が順調だったので、追加する必要が無かったということでしょう。

しかしこのアウトドアブームの中、ライバルが敏感に反応しだしたので、ホンダとしても満を持して投入したのが、この『Nボックス・ジョイ』というわけです。

他社とは異なる、オリジナルの価値を追求した『ジョイ』

Nボックスの『第3の価値』であるNボックス・ジョイは、他社のアウトドアフィール全開のデザインとはやや異なります。どちらかというと『脱力系』というか、リラックスした雰囲気が感じられますね。

ここ数年トレンドの、『チル』の具現化というところでしょうか。

フロントに特徴的な黒樹脂部分を作り道具感を演出しているが、横方向の比率はあくまでやりすぎない道具感であり、他社と価値の違いを表している。
フロントに特徴的な黒樹脂部分を作り道具感を演出しているが、横方向の比率はあくまでやりすぎない道具感であり、他社と価値の違いを表している。    ホンダ

差別化のキモは顔まわりのデザインですが、他社は高さ方向を感じさせる比率にしており、ノーマル仕様より迫力や存在感を出して、一目で違う印象になっています。

それに比べこのNボックス・ジョイは、ノーマル仕様と同様に横方向を基調としており、比率的には意図的に変えていないことが伺えます。

その代わり、道具感の演出として黒樹脂部分を配置していますが、ホイールキャップにメッキをあしらっているのも含め、このクルマは他社と明確に価値を変えてます。インテリアにチェック柄を採用しているのも、そのようなコンセプトだからでしょう。

見たところNボックスのフロントバンパーは、ノーマル仕様とカスタム仕様は同じ形状のようですが、Nボックス・ジョイは専用バンパーですね。その代わりヘッドライトはノーマルと基本的に同じなので、こうしたところに『コストのやりくり』が見て取れます。

このような企画の場合、特に営業部門は、既存仕様との差別化を希望することが多いです。やはり折角作るのですから、既存のユーザー以外に訴求し、費用対効果を求めているんですね。

ノーマル仕様がすでに『チル』の要素が入っていると感じるので、Nボックス・ジョイも魅力的ではありますが、もっと分かりやすい第3の価値を投入した方が、ユーザーも選びやすいかなとも思いました。

しかし、それはホンダデザインが目指している方向性と相違があるかもしれません。

記事に関わった人々

  • 執筆 / アートワーク

    渕野健太郎

    Kentaro Fuchino

    プロダクトデザイナー。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、大手自動車メーカーにカーデザイナーとして入社。2023年『体力の限界」ということで惜しまれつつ? 引退。約20年間の現役時代は『自称』エース格としてさまざまな試合に投入され、結果を出してきた(と思う)。引退後はチームを離れフリーランスを選択。これまで育ててくれた自動車業界への恩返しとして、自動車の訴求活動を行っている。

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