なぜ潰れた? 名車と振り返る「消滅した自動車メーカー」 32選 後編

公開 : 2024.11.23 18:25

時代の流れに抗えず、不運にも消滅してしまった自動車メーカー/ブランドを、その代表的なモデルとともに振り返る。なぜ廃れたのか、名称の権利はいまどこにあるのかなど、短い解説付きで紹介していく。

マトラ:ランチョ(1977年)

マトラは、他のモデルから多くの部品を流用してランチョを作った。バンのVF2をベースに、1308GTから最高出力80psの1.4Lエンジン、1100TIからブレーキ、1307から4速マニュアル・トランスミッションを移植した。どこでも走れそうな見た目だが、コストとパッケージングの理由から四輪駆動は設定されなかった。

クロスオーバーの先駆者ではあったが、登場するのがおそらく20年は早かった。奇妙な運命のいたずらで、ランチョの後継車となるはずだった初代ルノー・エスパスは、欧州初のピープル・キャリア(ミニバン)へと姿を変えた。

マトラ:ランチョ(1977年)
マトラ:ランチョ(1977年)

では、マトラはどうなったのか?

自動車分野でのマトラはルノーの委託製造業者となったが、この関係は2003年に終了し、他の資産の一部はピニンファリーナに買収された。マトラの防衛・航空宇宙部門は現在、エアバスの一部となっている。

マトラ・ランチョ
マトラ・ランチョ

マーキュリー:クーガー(1967年)

マーキュリーは、プラットフォームを共有するフォードマスタングとフォード・サンダーバードの間を埋めるためにクーガーを発売した。クーガーは、パフォーマンスと高級感を併せ持つ人気モデルとなった。後のモデルでは、初代のスピリットを取り戻そうと試みたが、稚拙な取り組みと、怠惰と呼ぶにふさわしいパフォーマンスのために、ほとんど失敗した。

では、マーキュリーはどうなったのか?

金融危機後の合理化を経て、フォードは2010年にブランドの終了を発表し、2011年1月に最後の量産車となるグランドマーキーが出荷された。

マーキュリー:クーガー(1967年)
マーキュリー:クーガー(1967年)

モーリス:マイナー(1948年)

モーリスブランドのクルマに関しては、マイナーに勝るものはない。性能は当時の基準から見ても控えめだったが、ハンドリングは印象的で、第二次世界大戦後の英国における交通の発展を支えた。その後、バン、エステート(ステーションワゴン)、コンバーチブルなどの派生モデルが生まれ、パワフルなエンジンも追加された。1971年まで140万台が生産された。

モーリス:マイナー(1948年)
モーリス:マイナー(1948年)

では、モーリスはどうなったのか?

モーリスは1952年にライバルのオースチンと合併し、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)を設立した。他のさまざまな企業も合流し、1968年にブリティッシュ・レイランドが誕生した。最後のモーリス車、イタル(写真)は1984年に生産終了。オックスフォードにある旧モーリス工場の一部は現在、BMWミニを生産している。モーリスの名称自体は、中国の上海汽車が所有している。

モーリス・イタル
モーリス・イタル

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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