なぜ潰れた? 名車と振り返る「消滅した自動車メーカー」 32選 後編

公開 : 2024.11.23 18:25

では、NSUに何が起こったのか?

Ro80で発生した莫大な保証請求によってNSUは経営難に陥り、フォルクスワーゲンが同社を買収した。フォルクスワーゲンはNSUの製品よりも工場に関心があり、1969年にNSUとアウトウニオンを合併させ、NSUが開発していたK70をしぶしぶ吸収した。これが同社初の水冷フロントエンジン車となった。

NSUは1977年に最期のRo80を出荷したが、同社の遺産は今も静かに息づいている。アウディ50(1974年)はプリンツに代わるモデルとしてNSUが開発したもので、初代フォルクスワーゲン・ポロもそこから生まれた。

NSU Ro80
NSU Ro80

パナール:24 BT/CT(1964年)

パナールと聞いて、ミリタリーファンならフランスの軍用車両を真っ先に思い浮かべるかもしれない。その昔、一般的な自動車愛好家は、6人乗りの大型セダンや超軽量スポーツカーのメーカーとしてパナールを認知していた。24シリーズは、この2つのアイデンティティを融合させる試みであった。ショートホイールベースとロングホイールベースが用意され、乗用車でありながらパナール独自のスポーティさを反映していた。

24 BTは24 CTよりも全長が長く、後部座席が広くなっている。どちらのモデルにも空冷フラットツインエンジンが搭載され、優れたエアロダイナミクス設計のおかげで高速走行も比較的得意だった。

パナール:24 BT/CT(1964年)
パナール:24 BT/CT(1964年)

では、パナールはどうなったのか?

パナールの自動車部門は1967年にシトロエンに売却され、自動車メーカーとしてのブランドは消滅した。最終的にはスウェーデンのトラックメーカー、ボルボ・グループの傘下に入り、軍用車メーカーとしてその名は生き続けている。

パナール24
パナール24

ポンティアック:ファイヤーバード(1967年)

ゼネラルモーターズ(GM)は、シボレーコルベットと直接競合することを恐れて、ポンティアックに2シーター・スポーツカーの生産を許可しなかった。その代わりにポンティアックは、当時の新型カマロと同じプラットフォームをベースにしたスポーツカーの発売許可を得た。

「スクリーミング・チキン(叫ぶ鶏)」という愛称で呼ばれるファイヤーバードは、2002年に廃止されるまで4世代にわたってカマロとともに走り続けた。

ポンティアック:ファイヤーバード(1967年)
ポンティアック:ファイヤーバード(1967年)

では、ポンティアックに何が起こったのか?

GMの中で次第に忘れ去られつつあったポンティアック。2008年から2009年にかけての世界金融危機で瀕死の状態に陥ったGMはブランドを整理することになり、ポンティアックは2010年に廃止された。

ポンティアック・ファイヤーバード
ポンティアック・ファイヤーバード

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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