アルファ・ロメオ初のSUV、完成まで「13年」も彷徨った苦難の開発 歴史アーカイブ

公開 : 2024.11.14 18:05  更新 : 2024.11.14 18:27

アルファ・ロメオは2003年、「カマル」という新型SUVコンセプトを発表した。高性能SUVとして大いに期待されたが、資金不足や度重なる方針転換により延期を繰り返した。その道のりを振り返る。

難産だった高性能SUV

アルファ・ロメオは最近、ポルシェカイエンなどに対抗する新型高級SUVを2027年頃に投入する計画を示した。

親会社であるステランティスの大型車向けプラットフォームをベースに開発し、これから米国市場での需要を喚起する上で極めて重要な存在となるだろう。これはおなじみの作戦であり、アルファ・ロメオは以前にも同じような大型SUV開発を経験している。

アルファ・ロメオ・カマル・コンセプト
アルファ・ロメオ・カマル・コンセプト    アルファ・ロメオ

2003年のジュネーブ・モーターショーで、アルファ・ロメオは新型のコンセプトモデル「カマル(Kamal)」を発表した。BMW X5のライバルと位置づけられ、最高出力250psの名高いブッソV6エンジンを搭載したが、市販化の暁にはゼネラルモーターズから供給されるよりパワフルなユニットを実装する予定だった。

3つの電子制御トルセン式ディファレンシャルを用いた四輪駆動で、車高調整可能なエアサスペンションが装着されていた。

そのスタイリングはヴォルフガング・エッガー氏の監修によるもので、フロントはクーペの8C、リアはハッチバックの147に似ており、まるで人気モデルのベストアルバムのようだった。当時の報道では、カマルは2007年に生産開始予定で、147の後継モデルがベースになるとされた。

しかし、カマルの開発陣は資金不足に悩まされ、2年以上にわたって沈黙が続いた。

2005年8月までに、カマルはフィアット・スティーロのプラットフォームから、159ベースへと移行していた。

BMW X5への対抗馬からX3に近いものへと位置づけが変更され、発売は2006年に前倒しされた。

これはおそらく、急成長するクロスオーバー分野の需要とその莫大な利益率を利用し、当時の親会社フィアットに生じた推定48億ポンド(約9500億円)の財務上の亀裂を補うためだったのだろう。

その後、フィアットがアルファ・ロメオとマセラティを合併させた後(今年10月に行われたステランティスの経営陣刷新と似ている)、カマルはマセラティのクーバン(Kubang)と兄弟車として開発されることになった。

度重なる方針転換

しかし、2006年3月になっても完成を見ることはできなかった。アルファ・ロメオは、ハッチバックやセダンの売れ行きが回復するまではSUVを発売できないと公式に表明し、カマルの開発プロジェクトを凍結した。

現在のアルファ・ロメオの経営陣が、SUVのラインナップが充実するまでは新しいハッチバックやスポーツカーを売ることはできないと語っていることを考えると、皮肉なものだ。

アルファ・ロメオ・カマル・コンセプト
アルファ・ロメオ・カマル・コンセプト    アルファ・ロメオ

とはいえ、同社関係者によれば、カマルはまだ「かなり検討中」だったという。2007年8月、プロジェクトは再び動き出した。

「CXOver」というコードネームが与えられ、147の後継モデルのプラットフォームを使い、フィアットのクロスオーバーと兄弟車になる予定だった。

ターボガソリンとディーゼルを導入し、予定価格は1万9000ポンドから3万ポンド(現在の価値でおよそ3万~5万ポンド/約600万~1000万円)とされた。クーペのようなルーフラインを除けば、すべての点で当初のカマルの概要とは明らかに異なっていた。

発売はミラノ(後にジュリエッタに改名)に続く2010年に予定され、同社関係者はベースの大部分がカマルであると話していた。しかし、そのころにはアルファ・ロメオは高級クロスオーバー市場で出遅れていた。

BMWはすでにX1のプロトタイプのテスト走行を繰り返しており、アウディはQ3を予告するクロスクーペ・クワトロというコンセプトを公開し、ランドローバーレンジローバー・イヴォークの前身となるLRXコンセプトを披露していた。

フォルクスワーゲン・ゴルフと同等サイズのSUVが登場するという話は尽きなかったが、前回と同じように、3年が過ぎても実質的な成果はほとんど見られなかった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    チャーリー・マーティン

    Charlie Martin

    英国編集部ビジネス担当記者。英ウィンチェスター大学で歴史を学び、20世紀の欧州におけるモビリティを専門に研究していた。2022年にAUTOCARに参加。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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