【宝石のように輝くイタリアの虫】スタンゲリーニに魅せられ約30年!その魅力をオーナー氏に訊く

公開 : 2024.12.05 11:45

イタリアで開催されているミッレ・ミリアで多く見かける『小さな虫』と呼ばれるバルケッタたち。その中の1台であるスタンゲリーニに魅せられた福田泰仁さんは、クラブやイベントを主催するまでになりました。高桑秀典がその魅力を訊きます。

30年以上前にミッレ・ミリアでスタンゲリーニに感動

先日5年ぶりに開催されたバルケッタ・ミーティングは、『Club della Barchetta』が主催しているイベントだ。

クラブ代表の福田泰仁さんに、バルケッタやミーティングについての卓見を伺うことができたのでお伝えしよう。まずは、出会いと魅力についてから。

福田さんが代表を務める『Club della Barchetta』の主催イベント、『バルケッタ・ミーティング』。
福田さんが代表を務める『Club della Barchetta』の主催イベント、『バルケッタ・ミーティング』。    高桑秀典

「僕が初めてミッレ・ミリアを観たのは30年以上前のことでした。それまでの約20年間はもっぱら英国車党でしたが、フェラーリ328の最終モデルを購入する機会に恵まれ、イタリア車の甘い香りに魅了されました。そこでこのようなクルマを造る国への興味が湧き、マラネロでフェラーリの工場を見学。その後にミッレ・ミリアの観戦にも向かいました。

そこで見た小さいながらも宝石のように輝き、エンブレムを見ても知らない名前のいわゆる『イタリアの虫』たちに感化されました。そして、ちっこいのにすばしっこく走る『スタンゲリーニ750S』を発見してから、ミッレ・ミリアでの追っかけがスタートしました。後に、そのスタンゲリーニ750Sそのものがニュルブルクリンクでのブルックス・オークションで出品されているのを見つけ、落札して日本に送ってもらうことができました。

実際に走ってみて、馬力は無いのにあれだけ山中をクルクル疾走できるのは400kgという軽い車重が要因で、理由のすべてであることがよくわかりました。そして、エンジンの魔術師と言われたヴィットリオの造り上げた750ビアルベロで、一気に1万回転に届くエンジンの性能にも酔いしれました」

雨天時にバイク並みにハードなドライブが要求される

続いて伺ったのはバルケッタの立ち位置で、過去、現在について話してもらった。

「バルケッタとはイタリア語で小舟という意味で、基本的に屋根どころか幌の装備もない小さなオープンカーのことを指します。チューニングされ、よく回るエンジンと、軽量で小さい車体を武器に、戦後間もないミッレ・ミリアなどの公道スピードレースで活躍しました。

バルケッタ・ミーティングの会場内を馬に乗って闊歩する福田さんの勇姿。
バルケッタ・ミーティングの会場内を馬に乗って闊歩する福田さんの勇姿。    高桑秀典

しかし、近年の長丁場の公道ラリーでは、対候性の乏しさから厳しいものがあります。そのため実施にミッレ・ミリアなどでも、雨天時にバイク並みにハードなドライブが要求されるバルケッタでの出場は激減しています。また、その希少性から価格が高騰しているのも事実です」

そのように話してくれた福田さんは、普段ムゼオに展示されている750ビアルベロを借り、ヴィットリオ・スタンゲリーニの孫娘であるフランチェスカさんをナビとしてGPヌヴォラーリ2001に出場した後、ジルコ・スタンゲリーニを購入。通い始めたスタンゲリーニでレストア中だったFJが完成した際に増車し、スタンゲリーニ・アラドーロでミッレ・ミリア2002、モナコ・ヒストリーが有るFJをさらに買い足してモンツァ・サーキットでのトロフェオ・ルラーニに参戦。ここでのポイント獲得によってモナコ・ヒストリックGP2004の出場権を得たのだという。

ヨーロッパでのレースをすべてスタンゲリーニで参戦してきた福田さんは、『スクアドラ・スタンゲリーニ・ジャッポーネ』の名称を使用することを認めてもらっている。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事