【目まぐるしい一年を振り返り】Juju選手がファンミーティングを開催!

公開 : 2024.12.27 07:05

初年度となる全日本スーパーフォーミュラ選手権を戦い抜いたJuju選手。100人以上の老若男女が集ったファン・ミーティングは大盛況でした。

シーズン中は叶わなかった交流

今シーズンの全日本スーパーフォーミュラ選手権(SF)に史上最年少で、しかも日本人女性ドライバーとしてはじめて参戦したレーシングドライバー、野田樹潤選手。

Jujuの愛称で多くのファンに親しまれている彼女のこれまでの活躍は、AUTOCAR JAPANの読者であればご存じのはず。彼女は、中学1年生だった2018年から世界中を舞台に繰り広げてきた自らの活動を、ブログでレポートし続けてくれているからだ。12月6日にアップした『Juju(野田樹潤)ブログ』の最新話は、111回目になる。

平日にも関わらず、熱心なファンが詰めかけた。遠くは岡山からの来場者も。
平日にも関わらず、熱心なファンが詰めかけた。遠くは岡山からの来場者も。    遠藤樹弥

今年SF参戦と同時に大学生にもなり、目まぐるしい1年を終えようとしているJuju選手が、12月5日都内で『Juju Noda Fan Meeting 2024』を開催した。

イベントでは、父であり、元レーシングドライバーとして知られている野田英樹さんとともにステージに上がったJuju選手。もともと彼女は、男性のレーシングドライバーのように筋肉質な感じが表に出ない、ほっそりとした体格をしているが、すらっとした姿と小顔はまるでファッションモデルのよう。

日本をベースに戦った今シーズンは、インタビューを受ける機会も多く経験を積んだようで、落ち着いたトーンで話す様子からも、大人びた感じが伝わってきた。

野田親子のトークがはじまると、会場に集まった100名ほどの熱烈なファンはスッと静かになって、シーズン中にはなかなか本人の口から聞くことができなかった様々なエピソードに耳を傾けたのである。

SFの難しさの中で得た経験

Juju選手はまず、普段サーキットでは分刻みで忙しいスケジュールをこなしており、せっかくパドックを訪ねてくれたファンの方たちと思うように交流がはかれなかったと説明。

そのうえで今回のイベントでは、参加者全員との記念撮影だけでなく、それぞれとの2ショット写真撮影や、お宝アイテムのプレゼントがあるといったサプライズも発表された。

今年は『りぼん』など幅広い雑誌に登場したJuju選手。子どものファンも多い。
今年は『りぼん』など幅広い雑誌に登場したJuju選手。子どものファンも多い。    遠藤樹弥

「今年は色々なことを学べた1年でした。SFへの参戦はとても大きなチャレンジで、苦戦することは覚悟していました。参戦しているドライバーがトップドライバーばかりというのは、これまで私が参戦してきたレースではない状況だったので。エンジニアと一緒にマシーンをセッティングしていくという作業も、これまでヨーロッパではそこまで細かくやっていたわけではなかったので、最初はかなり難しく感じていた時期もありました」。

穏やかな表情で日本における長かったシーズンを振り返るJuju選手。彼女のコメントをこれまではNODAレーシングの監督として、今年はドライビングアドバイザーという立場で見守った英樹さんが補足する。

「彼女にとってはSFのようにパワーもダウンフォースも大きなマシーンは初めてでしたし、タイヤ交換があるような長いレースも初めて。それと実質的に1ラップだけのアタックで決まる予選も初めてで、だからシーズンの最初はかみ合わないことが多かったですね。でも着実に慣れていっていることはわかっていましたし、シーズン最後の富士と鈴鹿ラウンドあたりは走りはじめからスムーズにメニューがこなせていて、成長を実感できました」。

あとは今シーズンの経験を来年のSFにつなげればいいだけだったのだが。英樹さんはトークの中で来シーズンについても言及した。

記事に関わった人々

  • 執筆

    吉田拓生

    Takuo Yoshida

    1972年生まれ。編集部員を経てモータリングライターとして独立。新旧あらゆるクルマの評価が得意。MGBとMGミジェット(レーシング)が趣味車。フィアット・パンダ4x4/メルセデスBクラスがアシグルマ。森に棲み、畑を耕し蜜蜂の世話をし、薪を割るカントリーライフの実践者でもあるため、農道のポルシェ(スバル・サンバー・トラック)を溺愛。
  • 撮影

    遠藤樹弥

    Tatsuya Endoh

    1996年兵庫県に生まれる。小学生の頃からカメラ好きの父親に連れられサーキットに通い始め、モータースポーツの迫力の虜になる。時が経ち、エンジニアを目指し某自動車専門学校に入学するも、かつて味わったレース撮影の面白さを忘れられず。夢への情熱が再燃し、大阪で写真の専門学校に通う。卒業後、晴れてモータースポーツフォトグラファーとして、国内外を問わず飛び回る日々を送る。日本レース写真家協会(JRPA)会員、ソニー・イメージング・プロ・サポート会員。

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