【ランボルギーニを率いるヴィンケルマン氏に訊く】電動化を達成した先の未来と2025年のあるべき姿

公開 : 2025.01.02 12:05  更新 : 2025.01.02 18:33

アウトモビリ・ランボルギーニを率いるステファン・ヴィンケルマン会長兼CEOが、ランボルギーニ・デイ・ジャパンに合わせて来日しました。長年ランボルギーニを取材し続けている山崎元裕が行ったインタビューを収録します。

ヴィンケルマン氏を中心にキーマンが集結

2024年11月29日、東京新宿区の国立競技場をメイン会場に『ランボルギーニ・デイ・ジャパン』が開催された。当日は実に130台のランボルギーニが集結。アウトモビリ・ランボルギーニの会長兼CEO、ステファン・ヴィンケルマン氏による開始の合図を皮切りに都内をパレードし、国立競技場を目指した。

国立競技場の会場では2004年夏にカリフォルニアで発表された新世代スモール・ランボルギーニ、『テメラリオ』のアジア・パシフィック・プレミアが行われたばかりか、それが重要なイベントであることを証明するかのように、ヴィンケルマン氏を中心にランボルギーニのキーマンたちがゲストで参加。

アウトモビリ・ランボルギーニの会長兼CEO、ステファン・ヴィンケルマン氏。
アウトモビリ・ランボルギーニの会長兼CEO、ステファン・ヴィンケルマン氏。    ランボルギーニ

ヴィンケルマン氏は、2016年に一度ランボルギーニのCEOを退任したものの、アウディ・スポーツ(就任時はクワトロ)、ブガッティのCEOを経て2020年に再びランボルギーニの舵を取ることになったのはご存知のとおりだ。ここではオフィシャルプログラムが始まる前に用意されたインタビューをお届けしよう。

電動化されたランボルギーニに対する市場の反応

―2024年夏にテメラリオが発表されたことで、レヴエルト、テメラリオ、ウルスと、ランボルギーニのプロダクションモデルはすべて電動化されることになりました。それに対しての市場の反応はいかがでしょうか。

「カスタマーからのフィードバックは、とてもポジティブなものであったと考えてよいでしょう。私の描いた中期的な戦略『コウ・タウリ』では、2025年までにすべてのプロダクトをHV化するという目標がありましたが、それは見事に達成することができました。

ランボルギーニ・デイ・ジャパン会場でテメラリオをアジア・パシフィック初お披露目。
ランボルギーニ・デイ・ジャパン会場でテメラリオをアジア・パシフィック初お披露目。    平井大介

そして私は同時にカスタマーにひとつの約束をしました。新しいランボルギーニをデビューさせる時には、それ以前のモデルよりも必ずパフォーマンスを上げ、その一方で環境性能も上げることです。PHEVとして完成させたレヴエルトは成功するかどうか少し不安でしたが、結果的には現在2027年末の納車まで完売の状態です。

同じくウルスは2025年末、テメラリオに関しては、V型8気筒ツインターボエンジンに3基のエレクトリックモーターを組み合わせた新しいシステムを搭載したモデルですから、なるべく早くお客様のもとに届くように努力したいですね。もちろんその先には、スパイダーやペルフォルマンテといった派生モデルが誕生するプランも考えられています」

―コウ・タウリ戦略は、スーパーカー・シリーズにPHEVのメカニズムが採用されたことで、どのくらいの進捗状況まで達したのでしょうか。

「HV、PHVに続く3つ目のステップ、フル電動化については、2030年までにそれを実行したいと思います。レヴエルトとテメラリオのPHEVは、なるべく長く、具体的には2035年頃までその生産を続けていきたい。混合燃料など、まだまだ新しい技術の追求が残されていますからね。

最初にデビューするBEVは、おそらくはウルスがベースになるのではないでしょうか。こちらもBEVが社会的に受け入れられるようになるよう、もう少し時間が必要だというのが実感です」

記事に関わった人々

  • 執筆

    山崎元裕

    Motohiro Yamazaki

    1963年生まれ。青山学院大学卒。自動車雑誌編集部を経て、モータージャーナリストとして独立。「スーパーカー大王」の異名を持つ。フツーのモータージャーナリストとして試乗記事を多く自動車雑誌、自動車ウェブ媒体に寄稿する。特にスーパーカーに関する記事は得意。
  • 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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