R33型スカイラインGT-Rが新車発表の先陣を切る!【1995年東京オートサロンの想い出】

公開 : 2025.01.10 07:05

今年で43回目となる東京オートサロン。今でこそ新車発表の場となっていますが、先陣を切ったのはちょうど30年前にデビューした、R33型日産スカイラインGT-Rでした。木原寛明が1995年の東京オートサロンを振り返ります。

開催初期は国内自動車メーカーの出展など夢のまた夢

今年で第43回目の開催を迎える『東京オートサロン2025』。今でこそ自動車メーカーも出展し、新型車発表の場となり、カスタマイズを前提とした車両の発表展示も行われるようになったが、イベント開催初期には国内自動車メーカーの出展など夢のまた夢だった。その先陣を切ったのはあの人気スポーツカーである。

東京オートサロンはもともと『東京エキサイティングカーショー』という名称のイベントで、1983年にチューニングカーマガジン『OPTION』初代編集長の稲田大二郎氏が、カスタムカー、チューニングカーの文化を世に広めるべく始めたのがきっかけだ。1987年の第5回目からは『東京オートサロン』に名称を変更し、毎年規模を拡大してきた。

東京オートサロンでの新車発表、その先陣を切ったのはあの人気スポーツカーだった。
東京オートサロンでの新車発表、その先陣を切ったのはあの人気スポーツカーだった。    日産自動車

1980年代のカスタマイズカー、チューニングカーはパーツを含めて合法、非合法の垣根がはっきりしておらず、また集まってくるクルマには違法改造車も多かった。イベント開催にあたっては警察もかなり敏感になっていた。そのため、自動車メーカーが直接出展するなど考えられなかった。

3台のGT-Rがアンベールされると、人垣で見えない状態に

その傾向を覆すことになったのが1995年1月6日から8日にかけて開催された第13回東京オートサロンである。このイベント初日に日産がスカイラインGT-R(BCNR-33型)の初披露を行ったのだ。

3台のGT-Rがアンベールされると、すぐに人垣でクルマが見えない状態になり、プレス関係者は困惑。ファンの関心の高さを感じさせた。その後ファンはスカイラインGT-Rの開発責任者である渡邉衡三氏のトークショーに熱心に耳を傾けていた。

1997年に発売された『スカイラインGT-Rオーテックバージョン40thアニバーサリー』。
1997年に発売された『スカイラインGT-Rオーテックバージョン40thアニバーサリー』。    日産自動車

ちなみに初披露会で発表されたスカイラインGT-Rは標準車、Vスペック、VスペックN1で、当初からVスペック系が用意された点が前作のBNR32型スカイラインGT-Rと異なるところだ。

車両本体価格は標準車が478万5000円、Vスペックが529万円、VスペックN1仕様は599万円(いずれも消費税含まず)だった。高価ではあったが、先代のBNR32型からさらに進化、性能向上を果たしており、後日談として、1997年に日産関連企業のオーテックジャパンから4ドア版となる『スカイラインGT-Rオーテックバージョン40thアニバーサリー』も発売された。

R33GT-Rとはどんなクルマだったのか

それでは、BCNR33型スカイラインGT-R(以下R33GT-R)はどんなクルマだったのか。改めて振り返ってみたい。

R33型スカイラインが発表されたのは1993年8月のことで、同年10〜11月に開催された第30回東京モーターショーでR33GT-Rのプロトタイプが発表された。以前にも増してニュルブルクリンクでのテストドライブが重視されており、7分59秒のタイムを記録。『マイナス21秒ロマン』をキャッチコピーに使ったテレビCMも流れた。

R33型スカイラインGT-Rの開発責任者である渡邉衡三氏の近影。
R33型スカイラインGT-Rの開発責任者である渡邉衡三氏の近影。    ご本人提供

メカニズムは大雑把に言えばBNR32型スカイラインGT-R(以下R32GT-R)の正常進化版。搭載されるエンジンはR32GT-R同様に2.6L直6DOHCツインターボ(RB26DETT)だが、エンジンパーツの見直しやターボの過給圧アップ、コンピュータ制御変更などで最大トルクが1.5kg-m向上し、280ps/37.5kg-mとなった。

シャシーはホイールベースが105mm拡大され2720mmに。空力性能やボディ剛性もアップし、リアスポイラーは4段階の角度調整を可能にした。空気抵抗係数(Cd)は0.35を実現。4WDシステムは標準車がトルク配分をよりFR車に近い制御にしたアテーサE-TS、そしてVスペックがアテーサE-TSプロを採用。後者は前後の駆動力配分を最適制御するアテーサE-TSと後輪左右の駆動力を最適制御するアクティブLSD、ABSを組み合わせたシステムだ。

RB26DETTエンジンを搭載した第2世代スカイラインGT-Rのなかで最も評価の低いように思えるR33GT-Rだが、乗ってみると非常にいい。中古車価格も高値推移しており、最近改めて価値が見直されてきたフシもある。日本が世界に誇る日産の本格スポーツカーは、今からちょうど30年前の東京オートサロンで初披露されたのであった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    木原寛明

    Hiroaki Kihara

    1965年生まれ。玉川大学では体育会ノリの自動車工学研究部に所属し、まだ未舗装だった峠道を走りまくった。最初の愛車(本当は父のもの)は2代目プレリュード(5MT)。次がフルチューンのランサーEXターボ。卒業してレースの世界へと足を踏み入れたものの、フォーミュラまで乗って都合3年で挫折。26歳で自動車雑誌の編集部の門を叩き、紙時代の『AUTOCAR JAPAN』を経て、気が付けばこの業界に30年以上。そろそろオーバーホールが必要なお年頃ですが頑張ります!
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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