アルピナが最後の独自開発モデルをリリース これからどうなる? 英国記者の視点

公開 : 2025.01.21 18:05  更新 : 2025.01.21 19:35

ブッフローエは1965年以来、傑作車を世に送り出してきたが、その時代も終わりを迎えつつあるのかもしれない。「純」アルピナの最後について、AUTOCAR英国編集部マット・プライヤー記者が思いを寄せる。

1つの時代の終わり 今後の展望は?

AUTOCAR英国編集部では最近、アルピナの新型B3 GTツーリングを試乗した。これがなかなか素晴らしいクルマであることは驚くに当たらないが、同時に、このクルマを製造する会社の終焉を告げる鐘の音にも聞こえる。

2025年12月31日、アルピナブランドの所有権はボーフェンジーペン一家からBMWグループに移り、60年にわたる家族経営の歴史に幕が下ろされる。

アルピナB3 GTツーリング
アルピナB3 GTツーリング    AUTOCAR

製品ラインナップに関しては、ほぼ現状のままでいく可能性もあるが、それは少し期待薄である。アルピナの内部関係者がB3 GTを「最後の最後」と呼んでいることや、つい先日発表されたB8 GTが創設者ブルカルト・ボーフェンジーペンの功績を称える要素でいっぱいであることを見れば、察しが付く。

それは、3シリーズにベントレー並みのトルク、楽な安定性、そして非常に贅沢なキャビンを求める人にとっては、あまり良い兆候ではない。アルピナのクルマは、「おお、305km/h出せるクルマにしては乗り心地が良いじゃないか」という程度のものではなく、本物の快適さと洗練性を保証するものでなければならない。そして希少性も。

では、すでに堅牢なアルピナがさらなる補強材を与えられて、今後どうなるのだろうか? BMWは高級品大手LVMHの幹部と交渉している。おそらく、メルセデスのマイバッハに対抗するスーパープレミアムブランドとしてアルピナに脚光を浴びせる狙いがあるのだろう。

Mとは全く異なる世界である。少なくとも、ショールームの隅に置かれたピンストライプのクルマがM3よりも高価である理由や、割引が一切ない理由を客に説明することに苦労してきた、オタクではないBMWの営業担当者にとっては一息つけることだろう。

アルピナは、一般のカジュアルな客には決して理解しやすいものではなかった。

そこで、マイバッハやベントレーのライバルとしてブランドを再起動させる。ブルカルト・ボーフェンジーペン氏のターボチャージャーや高性能ディーゼル技術への多大な貢献、さらにはドイツの政治分野への関心からかけ離れた、利益追求型の事業となるだろう。

それは1%の中の1%(所得上位の超富裕層)のためのものだろう。このアプローチが、アルピナの主力製品である3シリーズおよび5シリーズベースのモデルにどのような余地を残しているのか、筆者は疑問に思う。これらのクルマを購入する人々は、クルマを使うために購入しているのだ。

マイバッハに対抗するシナリオでは、巨大な7シリーズとX7だけが適切な媒体となるだろう。オリガルヒが望むようなウォールナットの内装トリムを完備するが、過去様々な形で見られたアルピナの緻密なエンジニアリングは必要なくなる。

もちろん、パワーは十分にある。しかし、ALPマーク入りの特注タイヤや、キャンバーとトルク配分の微調整でダイナミクスにさらなる輝きを与えるということはなさそうだ。

つまり、伝統的なスタイルの無垢のアルピナを切望しているなら、今すぐ手に入れるべきだ。あらゆる装備やオプションを望むのであれば、実際のところ数か月前が理想的なタイミングだった。

フルレザーのラヴァリナ・インテリアは約1万4000ポンド(約260万円)もする。そのため、B7より下位のモデルではほとんど見かけない。しかし、B3とB5の生産終了が迫っている可能性があるため、人々はブルネイのスルタンさながらにありとあらゆるオプションを追加している。

当然のことながら、ラヴァリナへの需要が急増し、ブッフローエの工房では毎月5台分のインテリアしか仕上げることができないため(XB7のキャビンは約120時間の作業を要する)、現在ではメニューから外されている。

そう、地球上で最も大切に育てられた家畜の皮で後席アームレストを覆うためのウェイティングリストがあるのだ。その皮は「布のような」柔らかさを持つ。アルピナはそんな風変わりな世界なのだ。

ボーフェンジーペン家がアルピナから離れる理由だが、アルピナはすべてにおいて「妥協しない」ことをモットーとしており、それは現在のEV技術とは相容れないものだ。

アンドレアス・ボーフェンジーペン氏は、優秀なソフトウェアエンジニアを雇うには途方もなく費用がかかるが、アルピナがBMWと技術レベルで差別化を続けるためには、彼らの存在が不可欠であるとも述べている。ブランド価値が最高潮に達している今こそ、手放すには賢明なタイミングである。

1つの時代の終わりであり、AUTOCARの担当記者として、筆者はとても悲しく思う。でも、素晴らしい思い出がいくつかある。

D3 Sで英国とトリノを往復した際には、17km/l台の燃費と、とても口にできないような平均速度を記録した。ミュンヘンからロンドンまでを一気に走り抜けたB3。ベルギー・リエージュ近郊で、筆者が駐車したB4 Sを見て立ち止まった初老の男性が、「ワォ! 本物のアルピーナだ!」と声を上げたこともあった。

筆者が夢中になったのは、昔のB4 Sだった。2018年にブッフローエまでクルマを取りに行ったときのことをよく覚えている。妻も同行した。到着が遅れてしまったが、工場からエンジニアが空港まで迎えに来てくれた。

220km/hで走りながら、彼は我々夫婦に「2人で運転していくかい?」と尋ねた。筆者は「たぶん無理だ」と答えた。妻のシャーロットは10年間運転していなかったからだ。

彼は肩越しにシャーロットをちらりと見て、再び道路に目をやり、うなずいて、オーストリア訛りの英語で「ユーロファイターに赤ん坊を乗せるようなものだ」と同意した。最高。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マット・プライヤー

    Matt Prior

    英国編集部エディター・アト・ラージ
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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