自動車業界の歴史に残る失敗作 55選(後編) 2001年~2015年
公開 : 2025.02.01 18:45 更新 : 2025.02.03 10:43
スバルB9トライベッカ – 2005年
四輪駆動車の伝統を持つスバルがSUVを投入するのは、遅きに失したとはいえ当然の成り行きであった。ニューヨークのおしゃれな地区から名前を取ったB9トライベッカは、不格好なフロントエンドを備えていたものの、その走りは良く、3.0Lフラット6エンジンから最高出力245psを発生し、十分な加速性能を誇った。ただ、必然的に燃費は悪かった。
2007年のマイナーチェンジでは大型の3.6Lエンジンが導入されたが、同時にフロントエンドも個性を一切排除したデザインに変更されてしまう。これが、米国での販売台数が7万7000台に留まり、同クラスのトップモデルに大きく遅れを取る一因となった。欧州ではさらに状況が悪く、トライベッカは2014年に生産中止になるまで、年間で2桁を売るのが精一杯だった。

ロータス・ヨーロッパS – 2006年
2006年、ロータスはポルシェ・ケイマンへの対抗馬として、エリーゼよりも快適で車内が広々とした新型車の投入を決意する。ヨーロッパSはヴォグゾールから最高出力200psの2.0Lターボエンジンを借用し、0-97km/h加速5.5秒、230km/hという性能を誇った。また、エリーゼに期待されるような爽快な走りも実現した。
問題は、ポルシェのような幅広い能力を備えておらず、また、製造品質もドイツ車に及ばなかったことだ。結局、購入者は困惑し、エリーゼやエキシージを選ぶか、あるいは他のブランドを選ぶことになった。結果として、ヨーロッパSが456台、その後のヨーロッパSEはわずか48台しか販売できなかった。

アプテラ・モーターズ2e – 2008年
アプテラ(Aperta)社の2eは、もっと刺激的なバッテリーEVを作ろうという大胆な挑戦であった。ボディは軽飛行機のような外観で、前輪はエアロポッドに包まれ、後輪は1本だけ後ろについている。最高速度160km/h、0-97km/h加速は6.3秒と謳われた。
これらはすべて、カタログやプロトタイプでは良いように見えたし、2009年公開の映画『スタートレック』にも少しだけ登場した。しかし、2eは数台作られただけで量産に至ることはなかった。その後、同社は年間1万台を販売するという太陽電池バージョンの2eの開発に取り組んでいる。

テスラ・ロードスター – 2008年
テスラは今やEV界で大きな存在となったが、その起点となったクルマは2008年のロードスターだ。ロータス・エリーゼのシャシーをベースに、スポーツタイプの2人乗りEVとして発売。最高出力251psまたは292psのモーターを選択でき、0-97km/h加速4.0秒を誇った。
テスラ・ロードスターの未来は明るいように思われたが、販売はなかなか軌道に乗らず、初期の信頼性の問題が評判を落とすこととなった。英国などで右ハンドル仕様も発売されたが、高額な価格設定がネックとなった。2012年までに世界中で販売できたのは2450台のみ。しかし、ロードスターはテスラの躍進の序章に過ぎない。その後に登場した航続距離約400kmのモデルSは、業界全体に変革をもたらした。

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