【現役デザイナーの眼:スバル・クロストレック】スバルらしさは、デザインにしわ寄せが?

公開 : 2025.02.24 07:05

「あのモデルはデザインがいいね」、「クルマはデザインで選ぶ主義」……。そもそもデザインって何でしょう? スバル車に共通した理念と制約とは? プロダクトデザイナー渕野健太郎が、現役デザイナーの視点から読み解きます。

視界性能が生み出すデザインの特徴

私は普段、スバル・クロストレックに乗っています。先日、買い物の際にコインパーキングに停めたのですが、隣にホンダヴェゼルが駐車していたので、仕事の常で思わず見比べてしまいました。

競合するSUVの2台ですが、見比べると顔の厚さの違いに驚きました。

スバル・フォレスターとマツダCX-5のサイドビューでの比較。キャビンとロアボディの比率の違いが分かる。スバルは視界の良さや室内の広さを重視したパッケージングを採用している。
スバル・フォレスターマツダCX-5のサイドビューでの比較。キャビンとロアボディの比率の違いが分かる。スバルは視界の良さや室内の広さを重視したパッケージングを採用している。    スバル/マツダ

ヴェゼルの方が圧倒的にボンネットやランプが高く、SUVらしい堂々とした佇まいです。

ご存知の通りクロストレックはインプレッサをベースにしているので、コンセプトも異なり純粋に比較は出来ないのですが、それにしても顔の位置の違いにあらためて気が付きました。

一方でクロストレックは顔が低い分、視界が良好です。自動車設計の中で、視界の指標のひとつとして『前方見下げ角』というものがあります。運転席から前方を見た際、道路がどのくらい手前まで見えるかというものですが、クロストレックはこの角度が大きく、他のSUVに比べて明らかに近くまで見えます。これは『死角が少ない』ということです。

スバルのクルマは視界性能を重視し、前方だけでなく側方・後方の見やすさも優れています。その理由のひとつが、大きなウインドウガラスです。しかし、デザインの観点から見ると、これはバランスを取るのが難しい要素でもあります。

クルマのプロポーションは通常、キャビン(ウインドウ部とルーフ部の総称)をコンパクトにし、ロアボディ(キャビンより下の一般部)を強調することで安定感のあるスタンスを演出します。しかし、スバルは視界を優先するため、キャビンが大きくなり、一般的なSUVのような力強いプロポーションを作りにくくなります。

例えば、スバル・フォレスターとマツダCX-5のサイドビューを比べると、両者の思想の違いがよく分かります。どちらもメーカーを代表する基幹車種ですが、フォレスターは広い視界と室内空間を重視し、CX-5は欧州車も凌駕するくらいのプロポーションを追求しています。

デザインの洗練度ではマツダが勝るかもしれませんが、使い勝手を重視する人にとってはスバルの考え方が魅力的に映るはずです。

つまり、デザインとは見た目だけではなく、機能性とのバランスによって生まれるものなのです。

水平対向エンジンとデザインの制約

また、スバル車は周知の通り、ほとんどのモデルに水平対向エンジンを搭載しています。このエンジンは形状的に横方向に幅をとるため、エンジンの搭載位置に大きな制約が生まれるのです。同じ水平対向であるポルシェ911がリアタイヤより後方にエンジンを搭載しなければならないように、スバル車もフロントタイヤ中心よりかなり前方に搭載せざるを得ません。タイヤに近づいたレイアウトができないんですね。

また、フロントタイヤは左右に操舵しないといけないので、さらにその分もスペースの制約が生まれます。

クロストレックのエンジンルーム。エンジンのほか、補器類でぎっしり詰まっている。この車の場合バッテリーが左右に2機搭載されていて、さらにスペースの余裕がない。
クロストレックのエンジンルーム。エンジンのほか、補器類でぎっしり詰まっている。この車の場合バッテリーが左右に2機搭載されていて、さらにスペースの余裕がない。    渕野健太郎

私のクロストレックのボンネットを開けてみると、レイアウトが本当にキツキツなのが分かります。それの最たるものが、バッテリーの搭載位置です。

大きく重いバッテリーは、重量配分的にもエンジンルームの後方に置く事が通常だと思いますが、スバル車の場合はヘッドランプのすぐ後ろにあります。ここ以外に置き場所がないのでしょう。

つまり、フロントタイヤより前にエンジンをはじめ多くの補器類が搭載されているので、オーバーハングは長くなり、当然デザインの制約が大きくなります。

プロポーションを考えると、オーバーハングは軽い見た目に越したことはありません。特に走りを重視するスバルなら尚更です。

スバル車のフロント周りのデザインは、フロントバンパーのコーナーRを小さくしたり、またコーナーに縦のキャラクター線を入れたり、黒樹脂部品で覆ったりする構成が多いのですが、そのような工夫で出来るだけ正面と側面を切り分けて、短く見せようと言う意図が感じ取れます。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    渕野健太郎

    Kentaro Fuchino

    プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間に様々な車をデザインする中で、車と社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

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