【現役デザイナーの眼:トヨタ・プリウス】100点? 0点? デザインの評価軸

公開 : 2025.03.06 17:05

現役プロダクトデザイナーの渕野健太郎が、トヨタ・プリウスをヒントに、カーデザインの在り方を読み解きます。

高齢者に愛されるプリウスと、その変化

先日、ホームセンターの駐車場で現行型のトヨタ・プリウスを見かけました。ふと目を引いたのは、そのシートに『レースカバー』が掛けられていたことです。先進的なデザインとのギャップがあったので、どんな方が乗っているのか気になっていると、買い物を終えた高齢のご夫婦が戻ってきました。

この光景を見て改めて思ったのは、日本市場においてプリウスが高齢者に支持されているという事実です。ひょっとしたらこのご夫婦は、過去にプリウスを乗り継いできたのではないでしょうか。

シンプルかつスリークで、未来感ある現行型プリウスのデザイン。
シンプルかつスリークで、未来感ある現行型プリウスのデザイン。    トヨタ

かつて高齢者が乗る車の定番といえば、トヨタ・カローラでした。理由は、比較的コンパクトで扱いやすいサイズだけでなく、当時は『セダン』に馴染みのある方が多かったからでしょう。

それが3代目プリウス(2009年発売)あたりから、その立場が徐々にプリウスへと移行したように感じます。燃費性能やハイブリッド技術の信頼性、そしてトヨタ・ブランドの安心感が、高齢者ユーザーにとっての『買う理由』になっているのでしょう。

また、長年乗り慣れた車種をそのまま買い替える方が多いのも、日本市場の特徴かもしれません。特にトヨタ車はディーラーとの関係性が強く、例えば「プリウスを10年乗ったから、次もプリウスを買おう」となるケースがあるそうです。他のメーカーは検討すらしない方も多く、そのようなユーザーが来店すれば販売店の担当者も当然のように現行型プリウスをすすめるでしょう。

現行型プリウスのデザインは、2023年の発売当時、多くのカージャーナリストから高く評価されていました。特徴的なくさび型のシルエットやシャープなプロポーションはとても明快かつスポーティであり、確かに一面的には『デザインの完成度が高い』と言えるでしょう。

しかし、特に日本市場においては、高齢者が好んで乗っていることに配慮が必要だと感じます。運転支援システムは大変素晴らしいものとはいえ、旧型に比べ全高がグッと低くなり、Aピラーがさらに寝たパッケージングは、果たしてそのユーザー層にとって最適なものでしょうか?

現行型プリウスのデザインは誰のため?

現行型プリウスの全高は旧型から40〜50mmも低くなっており、当然シート座面も下がっています。さらにサイドシルエットを見るとルーフラインのピーク(頂点)がリアドアの真ん中付近にあるので、運転席はさらに低い印象があります。これにより高齢者にとっては乗り降りがしづらくなったはずで、腰を深く落とす必要があり、身体への負担が増えているのではないでしょうか。

また、フロントガラスの角度が寝かされたことで、Aピラーの死角が大きくなったはずです。そもそもプリウスは歴代モデル全てAピラーが寝ています。Aピラーの角度と死角は相関関係にあり、角度が寝るほど死角が大きくなります。新型の角度は歴代以上に寝ており、その分交差点などでの視認性が明らかに低下します。運転支援が充実しているとはいえ、運転に不安を感じるユーザーがいるはずです。

ボンネットからほぼ一直線にルーフのピーク(頂点)まで繋がるサイドシルエット。
ボンネットからほぼ一直線にルーフのピーク(頂点)まで繋がるサイドシルエット。    トヨタ

これらの点を考えると、現行プリウスのデザインは『見た目』を優先しすぎており、従来のプリウスユーザーにとって『使いやすい』クルマではなくなっているのではないでしょうか。日本でのユーザーの多くは『実用性』、『燃費』、『安全性』などを重視しているはずです。

では、なぜこのようなデザインになったのか?

それは、おそらく『トヨタとしてのブランディング戦路』が背景にあるのでしょう。グローバルで販売するクルマなので、ターゲットユーザーは多岐に渡ります。もしかしたら日本より重要な市場があったのかもしれません。メーカー側は意図的にスポーティなイメージを強調し、新たな『プリウスらしさ』を確立しようとしたということでしょう。

記事に関わった人々

  • 執筆

    渕野健太郎

    Kentaro Fuchino

    プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間に様々な車をデザインする中で、車と社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

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