【トゥインゴの姉妹車を日産が開発】まずは地盤固め!日産復活に向けてルノーとの関係をさらに修正
公開 : 2025.04.01 17:05
日産が新経営体制に移行する直前、2024年度末の3月31日にフランスのルノー・グループと日産自動車は『新たな戦略プロジェクト』を発表しました。ホンダとの経営統合白紙で揺れる中、これが意味することとは? 桃田健史が解説します。
年度末ギリギリに『新たな戦略プロジェクト』を発表
なんとかギリギリ間に合った。日産が新経営体制に移行する直前、2024年度末の3月31日にフランスのルノー・グループ(以下、ルノー)と日産自動車(以下、日産)は『新たな戦略プロジェクト』を発表した。
ルノーは日産の筆頭株主であり、同社ルカ・デメオCEOと、3月31日まで日産のCEOであった内田誠氏は事業活動を通じて、人としての深い絆がある。今回、内田氏が退任するまでにルノーと日産の関係を一旦整理し、4月1日付けでCEOに就任したイヴァン・エスピノーサ氏に経営のバトンを渡したことになる。

では『新たなる戦略プロジェクト』の中身を見ていこう。
まずは、株式保有率の引き下げについてだ。現行は15%だか、これを10%まで引き下げる権利を有するとした。つまり、日産は5%の株式を手放すことで短期的な資金調達をすることが可能になる。結果的に、ルノーが日産に対して資金的なバックアップをしたと言えるだろう。
ルノーと日産の関係を振り返ってみると、今から26年前の1999年3月、ルノーと日産は資本提携を結んだことで、日産はルノーの傘下となった。当時の日産は有利子負債が2兆円に達するという、倒産が目前に迫った状況であり、外資に救いを求めた形だ。
ルノーからはカルロス・ゴーンCOO(最高執行責任者)が訪日した。翌年には、ゴーン氏はCEO(最高経営責任者)となり、ルノーが日産を完全に掌握した。実務においては、日産リバイバルプランを打ち出し、徹底したコストカットによる事業の見直しを決行。翌年には黒字転換となるV字回復を成し遂げた。
その後も、日産は時代の変化に応じた中期経営計画を打ち出し続けることで、経営の合理化とグローバル市場での事業規模拡大を続けていった。
一方で、後に明らかになったように、ゴーン氏による日産事業における様々な私的流用が起こり、また日産の事業の中でも各部門の最終的な責任の所在が不明瞭になっていく……。
新たなるパートナー連携の可能性広がる
ルノーとの関係においても、例えばEVについては当初、2社の連携強化による量産効果が期待されていた。
EVは1900年代前半にはアメリカなどで量産され始めたものの、技術的な進化や充電インフラ整備が課題となり、結果的に日産がリーフを、またほぼ同時に三菱がi-MiEVを発売したことが、大手自動車メーカーとして初のEV大量生産となった。実に、長い道のりである。

そうした日産のEV先端技術をルノーと共有したのだが、筆者が当時、両社から聞いていた事業計画は段階的に縮小されていった。当初の予想よりEV市場の拡大スピードが緩やかだったからだ。
その他、日産はダイムラー(現メルセデス・ベンツ)とスカイライン向けのターボエンジンや、ミッドサイズピックアップトラックでの協業などを進めた時期があるなど、ルノーと日産との関係性が、日産の関係者でも経営上層部以外では分かりにくい状況になった。
それでも、保有株式ではルノーは日産に対する強い影響力を保持してきたのだが、ルノー・日産に限らず、コロナ禍を経て自動車産業界全体として新たなる可能性を模索するようになった。合わせて、BYDを筆頭とする中国地場大手の台頭や、アメリカや中国のIT大手等による自動車産業への本格参入などもあり、ルノーと日産との資本関係見直しが現実味を帯びていく。
2023年2月には、ついにルノーの日産に対する出資比率が43%から15%となり、さらに今回10%への引き下げることが可能となった。つまり、日産にとっては、前述のように短期的な資金確保の可能性が広がったことに加えて、経営における自由度が高まったと言える。
『自由度が高まった』とは、新たなるパートナーとの連携がしやすくなったということだ。新たなるパートナーについては、内田元CEOは本田技研工業(以下、ホンダ)との経営統合協議が白紙に戻った後、「様々な選択肢がある」と発言。また、エスピノーサCEOは就任前の3月末、神奈川県内で行った記者団との意見交換の場で、パートナー企業選びとしてホンダとの再協議の可能性を否定しなかった。
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