マツダ・クリスマスナイト
2015.12.18
ハロウィンの広まりとともに、クリスマスに本来の姿が戻ってきたと思う。着ぐるみで扮装し、お祭り騒ぎするのはあちらに任せて、年末のこのシーズンは家族と静かに過ごしたいものだ。
かつてカーデザインの世界にも、うわべだけの仮装コンテストのような時代があった。デザイナーの仕事が安易な目くらましに過ぎないと、ディテールとフォルムが調和しなかったり、据わりの悪い不自然なプロフィールに陥り、われわれは心のバリアを張ってしまう。
こんなことを考えるのは、生きものが持つ生命感や体つきを根底に、カーデザインと向き合う人の話を聞いた帰り道だから。
目黒通り沿いに位置する関東マツダ目黒碑文谷店は、夜に訪れると黒真珠のピアスのように輝いている。反射光をうまく利用した薄黒色のフロアは、人の表情を豊かに見せて居心地がいい。らせん階段を登った2階ショールームでは、マツダ・クリスマスナイトが開催されていた。城南地区の顧客を集め、同社デザイン本部長、前田育男が2015年の打ち明け話でショーを盛り上げている。
前田の打ち立てた “魂動デザイン” は、強い生命力を感じさせるデザインや、無駄をそぎ落とすマイナスの美として知られるが、今回はそれを下ざさえする人間模様を知ることができた。
マツダがメインテーマに取り上げられた2015年のグッドウッド・フェスティバル。主催者のマーチ卿と、フェスティバルの象徴であるモニュメントの構想を詰めていたときの出来事だ。
当初、オブジェの頂点に787Bと767を飾る方向で打診してきたグッドウッド側に対し、「レナウンカラーが並ぶだけでは絵にならない」と前田は難色を示す。マツダからの代替案は、787Bとともにグランツーリスモ6向けのコンセプトカーを配するものだったが、「歴史あるクルマしか認めない」とマーチ卿は耳を貸さない。
英国の貴族を相手に話が平行線をたどるなか、前田は同コンセプトカーのフルスケール・モデル作成を指示。完成したLM55 ビジョン・グランツーリスモを目の当たりにしたマーチ卿は、その出来にマツダの申し入れを快諾したという。
また、クリスマスナイトの会場である新世代店舗のエピソードも明かされた。同社の執行役員であり、関東マツダ代表取締役社長も務める西山雷大は、前田との私的な会話のなかで、旧態依然としたマツダの販売店を変えたいと意気投合する。
現在のラインナップにふさわしいショールームの建設案が生まれたものの、実現には社内の手続きが必要だ。「同期なので、なんでも話します」と信頼を置くふたりは、「やっちゃえ」とばかりにブランドショップの起ち上げに踏み切った。現在、新コンセプトの店舗は、マツダブランドの発信拠点として、宮城、兵庫、福島を皮切りに国内展開が進んでいる。
胸にひびくクルマというのは、決して思い付きや社会の風向きだけで生まれるものではないようだ。そこには、人を動かす強さと、聞く耳をもつ企業風土が不可欠である。マツダによるカー・オブ・ザ・イヤー二連覇を、時の運と揶揄するのは簡単だ。しかし、今夜は難しい。カーデザインは、クルマ造りに関わる人たちの本質を浮きぼりにするものだと気づかされた。