若手編集者マツダ体験会
2016.03.25〜26
「若手編集者マツダ体験会」と銘打って開かれたイベントは、マツダが日本国内の自動車サイトや雑誌を制作する企業に勤める ‘若手’ 編集部員を招待し、マツダの今を伝えるための企画だ。恐縮ではあるが、昨年よりAUTOCAR DIGITALの編集部に新卒で入社した筆者も今回招待していただいたというわけである。
東京、羽田空港から1時間半、マツダ本社に着いたわれわれは、旧社屋と呼ばれる建物に案内してもらった。名前のとおり、あたらしい建物ではないのだが、床は丁寧に磨きあげられ、よく手入れされた木の窓枠は、長い年月をかけて大切にされたものにしかだせない、あたたかな風合いであった。オフィスというよりも、学び舎のようなこの建物にある会議室の一室で迎えいれてくれたのは広報本部 本部長の工藤秀俊氏。「さっそくですけど3つ自慢していいですか?」という一言で2日間にわたる講義がはじまった。
奇しくもわれわれが訪れた日は、マツダがワールド・カー・オブ・ザ・イヤーとワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー賞を同時受賞した翌日。そういえば空港で待ち合わせた国内広報部長の春木健氏も「これ見てください!」とニューヨークの受賞会場から社内メールで配信された受賞会場の様子をニコニコしながら見せてくれた。これが1つ目の自慢。なんだか皆、楽しそうなのである。2つ目の自慢は、広島という地から世界に羽ばたくことにマツダ社内の従事者が誇りをもっている、ということだった。東京でも大阪でもなく、広島で地盤を築き、地域の人びとと密接な関わりをもつことが何よりも大切なのだという認識を、共有しているのだという。そして3つ目。連結従業員数は4万4035名と小規模なものの(トヨタは34万4109名、参考までに)、97万台という2015年の国内生産台数は国産メーカーのなかで堂々の2位(スズキ、日産、ホンダよりも多い)につけているだという。マツダが順風満帆の歴史をもつメーカーでなかったことはAUTOCARの読者には釈迦に説法だろうからここでは敢えて省くが、そういった困難を乗り越えたうえで、クルマを通じて人びとの心を元気にすることを目標として掲げているということだった。
お昼、マツダ社員のご用達というお好み焼き屋さんに連れていっていただいたあとに、午後のハイライトであるプラント内の見学。ここでは、車両組立、エンジン加工、塗装の3項目を公開してくれた。
見学のなかで何より驚いたのは、「モノづくり革新」に関するお話。ストレートなタイトルを訝しむことなかれ。この方法論は端的にいうと、商品と技術企画を初期段階より一緒におこなうもの。一般的には別々におこなわれるこの作業を一括し、商品力を高めると同時に生産の高効率化につなげるというのが本来の目的だ。これは単なるマーケティング上の謳い文句ではない。というのもこの方法を取り入れることで、トータルのコスト改善が30%にのぼったという。制作側と企画側の指針も最初から一致しているから、あとから ‘帳尻あわせ’ をする必要がなく、結果として目指すクオリティーを高くできるという仕組みだ。工場内を自分の目でみてみると、そこが ‘工夫’ の宝庫である点にも驚いた。たとえば、メロディを流しながら意思をもったかのように動く台車は、ラインの担当者の発案で、チームみずからがつくったのだとか。日々の作業で工夫などする余裕などなくなってしまいそうなものだが、どうしてここまで多くの従事者が高いモチベーションを保てるのかと聞いたところ、「それは賑わいなんです」と工場の代表の方が教えてくれた。‘少しでも作業効率をあげたい(=楽になりたい)’ というのはナチュラルなものだが、そこでおこなった ‘ひと工夫’ による時間短縮が結果として目に見えるのが楽しい。この工夫を別のグループが真似してくれるともっと嬉しい。賑わう。賑わいが連鎖する。働いている従事者の表情は、話しかけるのも恐れ多いほど真剣そのものだが、どこか皆生き生きとしている。内面から楽しさが滲みでていた。
日が変わって、朝の7時30分。気温は8℃。プラントのすぐ側にある黄金山とよばれる小山にポツポツと咲きはじめた桜を尻目に、一行はバスに乗ってマツダが所有する美祢試験場へと向かった。
もともとMINEサーキットと呼ばれていたここは2006年からマツダが所有。自動車試験場として使用するために一般公道と同じアスファルトに敷き替えてある。ここで、デミオ/CX-3/アクセラ/アテンザ/CX-5/ロードスターを主体に、実際に運転してみることで最新のマツダ車を勉強するというわけだ。サーキット・コースの試乗はいうまでもなくエキサイティングなものだったが、特に心に残ったのはサーキット周回路を時速10〜50km/hで走らせる講座だ。エンジニア氏いわく「ステアリングを切り始める時の、手の平の皮がわずかに捩れるあたりの感覚が人馬一体かどうかを左右するんです」とのこと。かつては高速域の性能ばかりを追い求めていて、ともすれば日常域での印象がないがしろにされることもあったのだとか。新世代モデルにおける低速域のペダルやステアリングからの入力に対する動作のリニアリティが、いかに、運転を楽しい気持ちにさせるかに密接につながっているかを体感した。何をもって人馬一体とマツダが謳うのか、その根拠をマツダのエンジニアから直接教えてもらえるのはとてもありがたいことだ。
と、ここまで、2日間にわたってみっちりと行われた講座の ‘ほんの一部’ を書いたつもりだが、既にかなりのボリュームになってしまった。教えていただいた内容があまりに濃く、すべてを書くのには(ウェブ媒体といえども)限界があるから、最後に特に感動したことを記して締めくくりたいと思う。
1日目の夜、新世代モデルの開発やデザインを牽引した社員の方々とお話する機会があった。生みだす側のお話に終始感心しっぱなしで、あっという間に3時間が経ってしまったのだが、そのなかでデザイン本部チーフ・デザイナーである田畑孝司氏が筆者に話してくれた内容が、イベントから1週間を経ようとしている今もずっと心に残っている。彼は「僕ね、いまが一番しあわせなんです」と真顔でいうのだ。「たしかにね、辛いときもありました。でもあの(経営難に見舞われた)時、仲間と一緒に歯を食いしばって頑張って、そして今、その仲間たちとあの時やりたかったことを徹底的にできているんです。だからしあわせ。そんな僕らが作ったクルマだから、そりゃ可愛くてたまらんですよ」と、熱く語ってくれたのである。楽しさが伝わり、そんなメーカーがわが国にあることを、何だか誇りに思えたのであった。
濃い2日目を終え、再び都内のデスクで原稿を書きながら、オフィスの横を通る首都高速を見下ろすと、心なしか、いつもより多くのマツダ車が目に入ってくる。そしてそれらは、広島で勉強する前よりもさらにかっこよく見える。マツダはこれから、2020年に迎える100周年にて、史上最大の数のオーナーが愛車で広島まで足を運んでもらえるようにすることを目標に掲げているという。若き編集者として、さらに若い世代へマツダの熱い ‘鼓動’ を伝えることもまた、筆者にとって大きな使命だと感じている。