ハーマン・インターナショナル、コネクテッドサービス事業を加速
2016.05.31
2009年1月20日。ワシントンのナショナルモールには、バラク・オバマの第44代アメリカ合衆国大統領就任式を見ようと、100万を超える観衆が集まった。その時の就任演説を音響面で支えたのがJBLのサウンドシステムであることはあまり知られていない。
オーディオだけではないハーマンの世界
JBL、マークレビンソン、ハーマンカードン。AUTOCAR読者の胸を高ぶらせるこれらのオーディオブランドは、ハーマン・インターナショナルが展開している。
しかし、近年のハーマン・インターナショナルは、音響機器メーカーというこれまでの枠を超え、自動車の安全システムをサポートするクラウドソリューションや次世代型インフォテインメントを提供する先進情報通信企業の色を強めている。
そこで今回、同社のコネクテッドサービス部門を取材し、現在開発中のオートモーティブ・テクノロジーの最前線に触れてみることにした。
コネクテッドADAS
今日の自動車産業におけるキーテクノロジーは先進運転支援システム(ADAS)である。しかし、一度市場に出た安全装備がいつまでも理想的なシステムとしてドライバーを支えるのは難しい。それに、最新のセーフティ技術や部分自動運転プログラムを搭載したクルマといえども、まだまだ未完成と感じる点は多いのが現状だ。
ハーマンは、限られた開発期間では表に出てこないレアケースの不具合を検出するソリューションとして、コネクテッドADASを提唱している。これは、車内のコンピューティング・プラットフォームをハーマンのクラウドに統合することで、常に最適なシステムを実現する枠組みだ。
具体的には、ドライバーが肝を冷やすようなインシデントが発生した場合、そのデータをハーマンのクラウドにアップロード。自動車メーカーなどに情報を共有し、ソフトウェアの問題を特定するとともに、プログラムのアップデートを提供する。
ここでキーになるのが、クラウドへの通信を可能するOTA(無線通信)アーキテクチャ―をハーマンが持っていることだ。同社は、2015年にOTAテクノロジーとサーバセキュリティをリードする米シンフォニーテレカ社とレッドベンド社を買収。とくにレッドベンドは信頼性が高く効率的なOTAアップデートを可能にするスマートデルタ技術(プログラム全体ではなく、本質的な変更箇所のみをバージョンアップする)のパテントを有している。
ハーマンのクラウドでは、車両のADAS機能をリアルタイムで監視できるだけでなく、世界中を走るクルマから得られるビッグデータを分析。燃費や速度といった情報や、ドライバーが好むルートやステレオ設定などを蓄積し、車両や自動運転の技術開発に活用できるのだ。
5+1セキュリティ
近い将来、こうした無線通信をベースとした車両制御や自動運転プログラムが一般的になると、そのセキュリティ対策というものが重要になる。今回の取材では、車両がハッキングされた場合を想定した、保護機能のデモンストレーションを披露してもらえた。
万が一、悪意あるプログラムが侵入し、意図しないスロットル操作が行われると、ハーマンのセキュリティ・プログラムは不自然な信号をマーキング(写真右グラフ内の赤い部分)し車両の異常動作を防ぐことができる。
これを実現するのが5+1セキュリティアーキテクチャーという多層保護システム。ブートエリア、ドメイン、ファイヤウォール、アプリケーション、車内ネットワークの5つに加え、車外とつながる無線通信環境のセキュリティを確立し、ドライバーと車両を完全に保護する仕組みだ。これには、同社が今年買収したイスラエルのサイバーセキュリティ大手、タワーセック社の技術が大きく貢献している。
ハーマン・インターナショナルがこうしたコネクティビティ事業を展開する背景には、自動運転に関する技術をリードしていきたいという目論見がある。今回の取材でも、ボッシュやコンチネンタルという世界的なサプライヤーを「コンペティターと考えている」と明言していたのが印象深い。
カーオーディオ・ラボ
当日は他にも、自動車の車内音響コンセプトカーの技術を体験することができた。車内を有名コンサートホールと同じ音響空間にするデモや、4つのシートで、それぞれ映画、音楽、通話、カーナビゲーションを視聴・利用しても互いに音が干渉しないプラットフォームなど、いずれもエンターテイメント性の高い技術で、市販されるのが待ち遠しいものばかりだ。
取材の最後に通されたのは、昔ながらのハーマンを思い起こさせる高級オーディオ部門の試聴室であった。音響チューニングに携わるエンジニアたちが拠り所としているこのレファレンスルームは、JBLのエベレストとマークレビンソンのモノラルアンプを備える。導き出したい音に迷いが生じたときに、ここへ来て聴覚のイニシャライズをしているようだ。
世の中がハード中心の考えからソフトウェアの世界へと移り変わったとき、いち早くその流れに対応したハーマン・インターナショナル。オートモーティブのサプライヤーでありながら、ITの分野を渡り歩いてゆけるポジションというのは、なかなかユニークなものだと思う。