フェラーリF12 TdF
公開 : 2016.11.16 05:50 更新 : 2017.05.29 18:52
荷室も意外なほど広い。4点式ベルトを備えた薄いバケットシートは、サポート性が素晴らしい。そして、F12ベルリネッタの卓越したロングドライブ適性は、概ね受け継がれているといっていい。
しかし遅かれ早かれ、ドライバーはそんなクルージングモードに満足できなくなり、ペースを上げ出すはずだ。そのとき、ウェット路面で気温が低かったりしたら、道中の無事を天に祈るしかない。
助手席にいるなら、思い留まるよう説得するべきだ。太いフロント・タイヤは、においを嗅ぎ回る猟犬のように右往左往し、ピレリ製コルサと超ハードなスプリングのコンビは、ジャンクションをおだやかに通過するだけでも接地は不安定になる。
たとえトラクション・コントロールをウェット・モードにしたとしても、完全には排除できない。中立付近の反応が極めて過敏なF12のステアリングはこの限定車でも健在で、同位相にのみ転舵する4WSをしても、安定性は補完しきれない。カウンターステアは、主要メーカーの量産車としては、知る限りもっとも素早い操作が必要だ。
とはいうものの、このクルマには、ドライバーを危険に駆り立てる中毒性がある。たしかに、コンディションが悪ければ操縦は困難を極める。それでも魅了され、熱中し、さらにそれ以上を求めようとしてしまう。
その理由の一端はエンジンにある。過去の経験を思い起こしても、これほど回り、奔放で、ひたすら大胆な量産パワープラントに出会ったことはない。狂ったように回りたがる性格においては、ラ フェラーリすら及ばないのだ。
もし、このクルマを意のままに操れたら、そこには神の領域が開けるのではないか、と夢想すらしてしまう。濡れて冷たく、狭い道での悪夢のようなドライブに苛まれてさえ、F12 TdFは、かつて経験した中でも最大級にエキサイティングなクルマだったといえるのだから。