スティーブ・マックイーンが最初のオーナーだったフェラーリ・ベルリネッタ
公開 : 2017.03.19 08:00 更新 : 2017.05.29 18:52
おそらく彼はこのクルマの美しさに魅せられて購入したのだろう。直線は1本もなく、突き出たノーズから大きく盛り上がったリヤフェンダーまで、驚くほどの調和を見せる。ディテールの見所も事欠かない。フロントコーナーのバンパーはカーブを描きながら、グリル開口部に少しかかるところまで延びている。低く構えた薄いグリルはフェラーリらしい格子パターン。ヘッドランプは透明カバーの奥深くまで後退し、その横のターンランプや下のサイドランプはパネルを凹ませたところに置くという注意深いデザインだ。バックアップランプはリヤバンパーの下に押し込み、出っ張ったテールランプは左右のデュアル・テールパイプの上に配置している。
ボンネットの開口部は狭いが、それはコロンボ設計の芸術的なV12を美しく見せる額縁だ。エンジン頂部に並ぶ4つのカムカバーが、全体の眺めのなかに調和している。ホイールはボラーニ製だが、これは純正ではない。フェラーリはワイヤーホイールの強度を懸念し、GTB/4にはカンパニョーロを設定したからだ。
トランクリッドの長いヒンジはツインカムの目印。そしてフロントフェンダーの4本のルーバーの下には、ピニンファリーナのバッジが光る。クロームパーツが少ないのは、ファッション性の表現が下手だからではなく、耐久性の点で必要なところだけメッキしたからだ。実際、現代のフェラーリほど多くのバッジは、このクルマには付いていない。これがまた美点だ。当時のフェラーリには、バッジで自らのアピールする必要などないという自信があった。ひと目見てそれがフェラーリだとわからない人にまで買ってもらおうとは、エンツォは思っていなかったのである。
275は正しくGTカーである。トランクは浅いが、小さ目のスーツケースを2個積むには充分な広さ。強く傾斜したウインドスクリーンはAピラーに向けて回り込んで広い視界をもたらし、リヤウインドウを通した後方視界も驚くほどパノラミックだ。幅広いリヤピラーに遮られることを除けば、視界は全方位で素晴らしい。ブラックで統一された内装トリム、三角窓のデリケートなオープナーを始めとする触感の良さもあって、コクピットに座ると、どこまでも走っていけそうな気分になる。
しかし矛盾点もある。ドアのプルハンドルは指にフィットするようにカーブした形状だし、コラムから生えた3本のストークスイッチも同様に思慮深いデザインなのに対し、ウインドウ・レギュレーターのハンドルは不釣り合いなほど大きく、全開・全閉するには5回転もさせなくてはいけない。
ウッド・リムのステアリングはナルディ製で、アルミの3本スポークがエクステリアのクロームパーツと呼応して存在感を見せる。その向こうに並ぶのはヴェリアのメーター。スピードメーターは180mph(288km/h)まで刻まれ、フルスケールが8000rpmのタコメーターは7600rpmからレッドゾーンだ。分厚いパッドのバケットシートは快適な座り心地。その後ろには、1泊旅行用のソフトなバッグなら収まりそうなスペースがある。山中のホテルに夜の遅い時間に到着したとき、トランクからスーツケースを取り出さなくてもすむように……という配慮だろうか?
フィオラノの係員から「スタートまで5分」のサインを受け、エンジンに火を入れて暖機を開始する。V12は低く重々しいサウンドを上品に奏でた後、すぐに1200rpmで滑らかなアイドリングに落ち着いた。
64年の275GTBでフェラーリは、トランスアクスルと4輪独立のサスペンションを導入した。2年後にはトルクチューブの採用や高速でのリフトを防ぐロングノーズ化などのアップデートを実施。それを経て登場したのが、300psのDOHCを積む275GTB/4である。トランスアクスルが設計し直されると共に、ドライサンプ化された3286ccのV12はツインカムを活かしてバルブの挟み角を60度から54度に最適化し、6連装のウェーバーを標準装備した。その結果、最高速度は250km/hオーバー。後の時代に“スーパーカー”と呼ばれたクルマたちにも迫る性能を持っていたのである。