2台のスーパーカー・キング、ブガッティEB110、故郷への旅
公開 : 2017.04.30 00:00
フォルクスワーゲン・グループ傘下に収まる前のブガッティが作り出したスーパーカー。それがEB110でした。123台が製造されたに過ぎないこのEB110、2台で、生誕の地であるカンボガリアーノを目指して旅立ちます。
ブガッティEB110で北イタリアを目指し、それが生まれた工場を訪ねる聖地巡礼のドライブ。ミック・ウォルシュがこの4WDスーパーカーの魅力を探り、プロジェクトのキー・プレーヤーたちに話を聞く。
2台のブガッティEB110で里帰り
イタリア人は未来志向だが、われわれイギリス人はノスタルジアにふけるのが好きだ。エミリア・ロマーニャ地方で初めてブガッティEB110に試乗したのは、90年代前半のこと。私はその記憶を蘇らせながら、この300km/hオーバーの4WDスーパーカーを2台連ねて、生誕の地であるカンポガリアーノを目指した。マルーンのボディ・カラーは標準のGT、ブルーのほうはさらに希少な軽量バージョンのSS(=スーパースポーツ)だ。モデナの北西の平野を疾走するわれわれを見て、地元の人たちは見慣れぬ英国のライセンス・プレートに気付いたかもしれない。ロマーノ・アルティオーリが「ブガッティ・ブランドの再興」という夢を実現させた工場は、4年間で150台を生産しただけで95年に閉鎖された。そこに2台を里帰りさせるのが、今回のわれわれのミッションだ。
ブルーのSSはたった31台が生産されたなかの1台であり、アルティオーリが自分用に作らせたクルマだ。彼は工場を閉鎖する前に、プロジェクトの記念としてEB110を手に入れたかったのである。それをロンドンのディーラー、グレゴール・フィスケンが2013年にパリのレトロモービルのオークションで手に入れた。まだ走行1万4000kmほどで、€44万8900(7,630万円)だったという。縦置きミドシップの3.5ℓV12は、GTの561psから611psにパワーアップされた。フィスケンは今回の聖地巡礼に参加できなかったが、代理としてル・マンでも活躍したGTドライバーのサム・ハンコックを派遣してくれた。
いままでEB110に持っていた悪い印象を改めよう
偉大なクルマをその生まれ故郷でドライブするというのは、何事にも代え難い経験だ。われわれは太陽が西に傾くまで、噛み締めるように2台を走らせた。「なんて素晴らしいクルマなんだ!」。まずは「よりソフト」なGTを試したハンコックが、熱っぽく語る。
「乗れば乗るほど、夢中になってしまうよ。これまで私にとって最高のスーパーカーはフェラーリF40だったけれど、このEB110に比べたら退屈に思える。跳ね上げ式のシザー・ドアは子供だましだし、4輪駆動は重量を増やして複雑化させるだけのものだと考えていたが、それを改めよう。街中でも驚くほどイージーに運転でき、その気になればパフォーマンスを爆発させることが出来る」
目的地に着く前に給油ストップ。艦載機の翼のようにドアを垂直に立てた2台のEB110は、スタンドの従業員の興味を誘ったようだ。すぐに4人が作業に取りかかり、クルマの左右にあるタンクに給油を始めた。ところがフィアットに乗ってきた女性は、われわれにまったく関心を示すことなく走り去った。V12のサウンドが静かすぎるからだろう、というのがハンコックと私の意見だ。
「ドイツ向けにはスポーツ・エキゾーストが装着されていたが、1時間半も乗っていると耳が遠くなりそうな代物だった」と語るのは、自分のSSに乗ってわれわれを迎えに来てくれたフェデリコ・トロンビ。かつてブガッティでテスト・ドライバーを務めていた男だ。「カンポガリアーノの工場からモナコまで何度も往復したが、4基のターボがエンジンの音量を抑えてくれるおかげで、いつも疲れ知らずだった。トンネルの中で聞くターボ・サウンドは素晴らしかったけどね」
マルーンのGTは自動車ブローカーのサイモン・キッドストンのクルマだ。幸いなことに彼はイタリア語が堪能で、今は空き家の工場を管理している通称“エツィオ”に何度も電話して交渉。最後はサイモンの人間的な魅力が通じたのだろう。その日の午後遅く、別の仕事から戻ったエツィオが門を開けてわれわれを招き入れてくれた。当時のブガッティのメンバーは95年の閉鎖以来、誰もここに来ていない。それだけに、これは感動的な瞬間だ。「ここにいると、戦争が終わったのを知らずにジャングルに隠れていた日本兵のような気分になるよ」と、エツィオが冗談を飛ばす。彼は今、かつてアルティオーリが自宅にしていた屋敷に住んでいるという。
いよいよ生まれ故郷へ
エツィオのフィアット・パンダに先導されてメイン・ゲートを通過。夕暮れ迫る工場と3台のEB110の取り合わせは、なんだかSFじみた光景だ。アウトストラーダA22号線から聞こえる絶え間ない騒音がV12のアイドリングをかき消すなか、雑草に覆われた連絡路を縫うように進むと、メインの建物を取り囲むようにレイアウトされたテスト・コースに出る。工場建屋の裏でヘッドランプに浮かび上がったのは、何匹も野ノウサギだった。
「クルマのテストが始まると、他の従業員に注意を促すためにサイレンが鳴り、建物の周囲の赤いランプが点滅したものだ」とトロンビが述懐する。ふと見ると、お馴染みのブルーの壁にブガッティのマークが……。VWが商標権を買い取ったときにペンキで塗りつぶされたが、あれから16年を経て塗料が剥がれ、赤地に白文字のオーバルが少しずつ姿を現してきているのだ。