至宝のレーシング・ディーノ、196S

公開 : 2017.05.14 16:00  更新 : 2017.05.29 18:52

1959年に登場したスポーツ・プロトタイプ、フェラーリ・ディーノ196Sは、その名の通りV12ではなくV6ユニットを搭載するモデルでした。僅かに3台しか製造されなかったこの196Sは、今では10億円という価格が付けられています。希少性現在の市場価値が注目されてしまいがちですが、その実力は当時、トップ・クラスでした。

6気筒だからといって、ディーノ196Sは「ジュニアフェラーリ」などではない。1,000万ドルの値が付くこのクルマに試乗し、50年余り前にロドリゲス兄弟が残した戦績を辿りながら、ミック・ウォルシュがその真価を明らかにしていく。

いまや10億円を超えるマシンのステアリングを握る

「注意して下さいね」と、助手席から声をかけてきたのはロンドンの北西郊外を拠点とするフェラーリ専門店、DKエンジニアリングのジェレミー・コッティンガムだ。「今日の午後、これを買うかもしれないお客さんが来るんですよ」 今や1,000万ドル(約10億円)の値札が付くクルマのステアリングを握っているときに、あまり聞きたくない言葉である。

ファントゥッチ製作のボディはテスタロッサのデザインを踏襲するが、6本の吸気トランペットがディーノであることを物語る。

 

3台だけが生産されたディーノ196S

1959年型のディーノ。ポルシェRSKに対抗すべく、フェラーリはこの年、V6を積む右ハンドルのスポーツ・レーサーを3台だけ生産した。そのなかでこのシャシーNo:0776は、ディーノ196Sとして作られたクルマだ。250テスタロッサ譲りのボディにSOHCの2ℓ60度V6エンジンを搭載。気筒数はテスタロッサの半分だが、7800rpmで約198psを発揮し、兄貴分を脅かすこともしばしばだった。排気量によっては246とも呼ばれるが、マセラティの「バードケージ」やアストン マーティンDBR、あるいは1950〜60年代にレースで活躍した英国のリスターと同様に、往時のレーシング・スポーツの在りようを今に伝える希少な1台である。

1960年のタルガ・フローリオがこのフロント・エンジンのディーノにとってベスト・レースだった。シャシーNo:0784が2位、No:0778が4位を獲得。No:0776を駆るリカルドとペドロのロドリゲス兄弟は、何度もコース・オフし、ついには横転まで喫しながらも7位でフィニッシュしたのである。今回の試乗場所はミルブルック・テスト・コース。起伏に富んだツイスティなレイアウトは、シシリー島の公道レースを偲ばせるものだ。観客を守る石垣も、その外側に駐車するフィアット・トポリーノもないけれど……。

起伏のある試乗コースで、ディーノ196Sは素晴らしいハンドリングを披露した。

 

コクピットに乗り込む

ドア内側のケーブルを引いてロックを解除し、小さなドアを開ける。長さの短いV6はシャシーの後ろ寄りにマウントされており、それゆえセンター・トンネルが高い。これとスペースフレームに挟まれたバケット・シートに腰を降ろすと、そこは心地よくフィットするコクピット空間だ。ボディ・スタイルは同時期のテスタロッサによく似ているが、観察眼の鋭い人ならボンネットが少し短いこと、そしてその上のアクリル製バルジのなかにウェーバーの吸気パイプが6本並んでいることに気付くだろう。スタイリングを手掛けたのはピニンファリーナだが、ボディ製作はスクーデリア・フェラーリご用達のメダルド・ファントゥッチが担当した。

ナルディのステアリングの向こうには、イェーガー製メーターが6つ、金属剥き出しのパネルにレイアウトされている。速度計はなく、8500rpmからレッド・ゾーンのタコメーターが中央に陣取る。左を見れば、トンネルの丸い凹みから延びた短いシフト・レバーが位置する。根元には5速のゲートが切られ、頂点には金属製の球形ノブを備えている。1速はいちばん左の手前だ。V6は頑丈なエンジンだが、ギアボックスとドライブラインをオフセットしたのは設計上の弱点だろう。

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