プリミティブなスモール・スポーツ3台
公開 : 2017.06.03 11:10
宇宙マンガから抜け出てきたようなトヨタS800
スプライトが古典的な小型スポーツカーの代表例だとすれば、トヨタ・スポーツ800はその対極に位置するクルマだろう。1962年の東京モーターショーで試作車のパブリカ・スポーツが大きな反響を呼び、それに応えて65年4月に発売されたのがスポーツ800だ。ほとんどが日本で販売され、輸出は当時まだアメリカ領だった沖縄だけに限られた。
トヨタは信じられないほどステアリングが軽く、ほんの僅かな操舵力でコーナリングを始める。グリップは良い。
パブリカ・スポーツに比べれば、量産のスポーツ800は実用的になった。まず何よりドアがある(パブリカ・スポーツはスライド式キャノピーを開けて乗り降りする)。しかし依然として宇宙マンガから抜け出てきたようなスタイリングだ。佐藤章蔵が手掛けたそのデザインは、キュートであると同時にプロポーションが良い。大きなヘッドランプは直後にデビューした兄貴分の2000GTを連想させるが、なんだか悲しげな眼付きにも思える。左右のヘッドランプの距離が近いのも特徴で、それゆえ実際の寸法よりボディ幅が狭く見えるが、ホイールアーチが張り出しているせいもあって、実はスプライトより120mm以上もワイドだ。
トヨタは大径のステアリングと小さなシフト・レバーが対照的。
繊細なデザインのドアハンドルを開けると、ブラック内装のなかでダッシュボードのシルバーが目を惹く。飾り気のないスプライトに比べ、このトヨタは装備が豊富だ。ワイパーは2段切り替えだし、ウォッシャーは電動式。シガー・ライターやマップ・ランプも備える。着脱式のルーフ・パネルを装着していても、調整可能なベント・グリルとリア・クォーター・パネル上の小さなフラップが換気してくれる。シートの後ろの布製カバーにはジッパーが設けられており、それを開ければクルマから降りずにトランクにアクセスすることも可能だ。よく考えられたクルマだが、ひとつ例外は取り外したルーフの置き場に困ること。シートの背後に置くには少し大きすぎる。トランクにも収まらない。何か解決策があるはずなのだが・・。
スポーツ800が積む空冷フラット・ツインは、音を聴くよりアクセルを踏んでこそ楽しいエンジンだ。
風変わりなスタイリングにもかかわらず、スポーツ800の中身はある意味でコンベンショナルだ。モノコック・ボディに独立式のフロント・サスペンションを組み合わせ、リヤには半楕円リーフ・スプリングを採用している。しかしボンネット下のチョイスはユニークで、そこにあるのは水平対向2気筒の空冷790cc。ツインキャブを備えて49psを発する。車重585kgのクルマには充分なパワーであり、その走りは驚くほど俊敏だ。ただしトヨタが標榜する155km/hの最高速度は、よほど長い下り坂でないと達成できないだろう。フロッグアイは昔からアップグレードが提供されていたし、後述するフィアットはもっと若々しい。3台のなかで、スポーツ800が最も遅いと感じた。
ヘッドランプは2000GTとの家系を感じさせるデザイン。
2気筒エンジンはゴトゴトとした振動を発するが、そのフレキシブルさは例外的だ。低回転で高いギアを使ってもグイグイと引っ張るし、急加速を求めてアクセルを全開にすれば高回転まで伸びる。短いシフト・レバーはストロークも小さい。ステアリングは信じがたいほど軽いが、前輪のインフォメーションを充分に伝えてくれる。乗り心地は快適で、タイヤのグリップも印象的だ。