プリミティブなスモール・スポーツ3台
公開 : 2017.06.03 11:10
洗練された味わいの850スパイダー
トヨタ・スポーツ800が日本でも希少なクルマなのに対して、フィアット850は量産車。1964年5月の発売から200万台以上が生産された。ただし事故の多いクルマとしても有名で、残存率は悲しいほど小さい。フィアット600をベースに開発された850は、当初は2ドア/4シーターのセダンだった。モノコック・ボディのリヤに34psのOHVエンジンを積み、4輪独立サスペンションを組み合わせた大衆車。シート表皮はビニールで、天井の内張りもなかった。
今回の3車の中で最も洗練されているスポーツ・スパイダー。特にロング・ドライブには最適。
しかしそこからフィアットは850をあらゆる方向へと発展させる。ワゴンのファミリアーレやクーペ、そしてベルトーネ製のスパイダーなどだ。マルチェロ・ガンディーニがデザインしたスパイダーは、1965年のジュネーブ・ショーでデビュー。圧縮比を高めた843ccエンジンにはウェーバーのツイン・チョークを備えた。
フィアットのインテリアは装備が最も充実しており、シートも快適だ。
68年のフェイスリフトでスポーツ・スパイダーに車名を変えると共に、ヘッドランプをスラントしたカバーレンズ付きから垂直に立ったデザインに変更。おそらくアメリカの安全法規に従った結果だろう。903cc/52psへとパワーアップしたエンジンは素晴らしいユニットで、どんな回転域でも滑らかに回り、印象的な加速をもたらしてくれる。リア・エンジンゆえに、エンジンを比較的容易に降ろせるのもこのクルマの利点だ。ボルト止めのリア・パネルを取り外せば、パワートレインを後ろに引き出して整備することができる。
他の2車に比べるとフィアットの操縦感覚はちょっとスポンジーだ。とくにギア・シフトにそれを感じる。ステアリングも、トヨタよりフィーリングが良いとはいえ、スプライトのラック&ピニオンほどのダイレクト感はない。ペダルはかなり右寄りにオフセットされているが(左ハンドル)、快適に操作できる。メーターとスイッチがズラリと並び、ダッシュに木目調の加飾を張る今回の試乗車(後期型)は、64年当時の850セダンの質素な印象とは対照的である。
1968年にスポーツ・スパイダーが登場したのを機に、エンジンは903cc/52psにパワーアップされた。
前述のように初期型からヘッドランプが変更されたスポーツ・スパイダーだが、それでもとてもスタイリッシュだ。スプライトやトヨタよりフロントが大きく見え、薄いリア・エンドに向けて長いリア・デッキがスロープしていく。リア・デッキには幌も収容できるが、これは簡単ではない。トヨタの場合は6本のJ字型ボルトを緩めれば、すぐにルーフを取り外せる。リア・ウインドウ部分が残るのは、トライアンフTR4/TR5でお馴染みのサリー・スタイル・トップと同じだ。スプライトは幌を後ろに折り畳んだ後、いったん持ち上げてからシートの後ろに格納する。しかしフィアットはまず幌を前後から畳み、リア・デッキのリッドを開けて、そこに幌を押し込まなくてはいけない。オープン状態のほうがスッキリとしたスタイルなので、努力する価値はあるが……。
スポーツ・スパイダーは初期型スパイダーのフラッシュサーフェスのランプカバーを廃止し、垂直に立ったヘッドランプを備える。
3車のなかで最も熟成されているのは850。もしロング・ドライブの足にするなら最適だろう。スタイリッシュなだけでなく、エンジンも味わい深い。トヨタ・スポーツ800も良く出来た小さなスポーツカーだ。コミカルなエクステリアにだまされてはいけない。フラット・ツインのエンジンがちょっとエキセントリックに思えるかもしれないが、それもまたこのクルマのキャラクターを形成する基本要素だ。では、スプライトは? 飾り気のない小排気量スポーツカーの魅力を堪能したい人には、やはりこれしかない。発売から50年余りを経てなお、あなたが求めるすべてがそこに込められている。