残骸から蘇ったロータス・エリート
公開 : 2017.06.11 00:10
レーシングカーのようなメカニズム
チャプマンの設計したレーシングカー、タイプ12から流用した機構は、マクファーソン・ストラット風サスペンション、通称チャプマン・ストラット、そして固定長のドライブシャフトがロア・トレーリング・ラジアス・アームと協働して位置関係の制御とサスペンションの軽量化に重要な役割を果たすという水平思考から生まれた巧妙な仕掛けだった。アルミ製のキャリパーを備えたインナー・ディスク・ブレーキにより、ばね下重量が最小限に抑えられ、また、ボディにFRPを使ったことも軽量化に貢献した。こうした工夫の積み重ねにより、めくるめく性能とニュートラルに近いハンドリング特性のクルマが実現した。それは、スターリング・モスが、ある時エリートから降りて論評したように、果敢なドライバーであれば、一般道でも70マイル(112km/h)を超えることなく平均時速60マイル(97km/h)で駆け抜けることが可能なクルマだった。
ほぼ新車のエリートに乗る
オドメーターを見ると、火災により損傷したシリーズIIのシャシー番号と登録番号を引き継いだイングラム氏のクルマは、細心の注意を払いながら9ヶ月の期間をかけて完成した後、まだ200マイル(320km)も走っていない。従って、この新車同様のコンディションは、当時あれほどまで騒がれた理由を探る絶好のチャンスだった。そして、エリートは、まさに筆者の期待を裏切らないクルマだった。
ドア・ボタンを押した瞬間から、軽量化へのチャプマンのこだわりが目につく。パネルは羽のように軽く、コクピットは質実剛健だ。突起部分を含めた全長が3660mmという小型サイズにしては、レッグ・スペースが十分に確保されている。ただし、ドライバーの身長が180cmを超えると、フロント・ウィンドウの上限で視界が遮られてしまうかもしれない。ステアリング・ホイールは優美だ。ペダル類はかなり細長く軽いものの、走らせると、開度に応じて的確に反応し、本来のレスポンスの良さに正確さが加わる。そのすべてがスムーズで心地よい。BMCから調達した精巧なギアボックスだけは、1速にシンクロメッシュがないため、やはり年代物に感じる。
サスペンションのストローク幅は十分だ。ただし、シェルが新しく、50年分の疲労が蓄積されていない以上当然のことだが、ボディがかなりリジッドな感じだ。このため、公道では安定感があり、落ち着いているが、ワインディングではエランほどのキレはない。
高回転で威力を発揮するFEW
コーナーの出口に向けてエリートを加速させるとすぐに気づくのは、ギア比が全体として低めに配分されていることだ。法定最高速度でもタコメーターの針が5500rpmまで振れているからだ。しかし、この点はそう問題ではない。コヴェントリー・クライマックス製エンジンはもともと高回転型であり、加速するには回転数を引き上げる必要があるからだ。エンジンが本来の性能を発揮するのは、どうしても4000rpmを超えたあたりからで、その室内のかなり大きなノイズも、エリートのカリスマ性を増している。
そう…。このノイズだ。クルマが暖まった時に漂うグラスファイバー樹脂特有の匂いとともに、この車内のこもり音はエリートの大きな弱点だ。FRP製モノコック・ボディが荒れた路面やエンジンの振動を太鼓のように増幅する。
騒音・振動・ハーシュネス(NVH)に関する科学的知識が豊富な現代なら、こうした問題をかなりの程度まで工学的に解決できたに違いない。もっとも、当時の基準では、それほど深刻な問題ではなかったのかもしれない。それに、エリートの素晴らしくバランスがとれ、優美なスタイリングを楽しめるのなら、不快な騒音もある程度我慢できたはずだ。エリートが今もデザインの最高傑作の一つであるのは間違いない。
どこから見ても美しいスタイリング
初期のジャガーE-タイプ・クーペとまったく同様、どの角度から見ても流れるようなフォルムで、細部にもこだわっている。ボディ・シェルの接合部を覆うため、細身のステンレス製フロント・バンパーを巧みに配置している。ガラスを3面に折り曲げる技術がまだ開発されていなかったためだが、流線型スタイルを崩さないためにアクリル樹脂製ウィンドウを使い、これを取り外し可能にすることで、いっそうの軽量化と最大限の車内スペースを実現している。従って0.29という、特に1957年当時にしては抜きんでた空気抵抗係数を実現できたのは不思議でも何でもない。ウィンドウ表面のエア・フローが最適条件に極めて近いため、多くのオーナーが証言しているように、問題の多いルーカス・インダストリー製の電気系統が故障し、雨天走行中にワイパーが動かなくなっても困ることはない。
エリートは、改良を重ねる度に進化し、中でも1960年7月のMkIIの発表が重要だった。MkIIは、ツインSUキャブレターを備え、ドアの内側のデザインを変更し、堅牢性を高めるために(ロア・トレーリング・ラジアス・アームの代わりに)ウィッシュボーンを後方に配置した。
また、チャプマンは、オプションとして、まず1962年5月にスーパー95、後にスーパー100及び105というハイパワー・バージョンも追加設定した。この性能はサイド・ドラフト式キャブレーター2基と、カムのプロファイルを変える事で実現している。