いま乗るルノー・クリオ・ウィリアムズ 93〜96年生産の「極上」の味とは
公開 : 2017.10.07 08:40 更新 : 2017.10.07 15:00
当時のレースを振り返る
1990年代の高性能ハッチバックのデータと比較すると、クリオ・ウィリアムズは決して強烈とはいえないが、正確無比な走りでほかの猛者を凌駕している。凹凸の激しい道やカーブの連続でも、このクルマは安定した走りを崩さない。
スロットルを踏み込み過ぎるとトルクステアが見られるものの、徐々に適切な踏み込み方がわかってくる。誰しもサーキットを疾走させて、このクルマの限界を極めたいという強い気持ちに駆られるだろう。それほどクリオ・ウィリアムズは素晴らしい。
クルマ好きたちが飛びつき、限定数の3500台がたちまちソールドアウトになったのも、きっとそんな風に考えたからだろう。そのうえ、ウィリアムズ・ルノーのF1チームはその頃、絶好調だった。
1993年にアラン・プロスト、1996年にはデイモン・ヒルがチャンピオンシップに輝き、ルノーは93年、94年、96年にコンストラクターズ・チャンピオンシップを獲得したため、この両社のパートナーシップは時のブランドとして羨望の的となった。
しかし、ラリーバージョンのクリオ・ウィリアムズは、4WDとターボで装備したライバルに歯が立たず、オフロードで成績を挙げることがなかった。
1995年のBTCCでは、ウィリアムズ・ツーリングカー・エンジニアリングがルノーのチームを引き継ぎ、初戦でマニュファクチャラーズ・チャンピオンシップを獲得した。このレースに出場したルノー・ラグナには、F7Rエンジンを大幅にチューンしたソデモ・バージョンが搭載されており、このこともクリオ・ウィリアムズの名声を高めた。
ルノーはまずラグナの生産台数を5400台に拡大し、その後、クリオ・ウィリアズム2、さらにクリオ・ウィリアズム3を6700台販売した。ホモロゲーション用の限定スペシャル・モデルを買ったつもりのファンはがっかりしたようだが、現在の自分たちにとってはこの2と3の販売は歓迎すべきところだ。
ノッティンガムのルノー・ウィリアムズの専門店、プリマレーシングのオーナー、トニー・ハートは、「確かにマーケティング目的の命名だろうが、ルノー5の初期モデルを進化させただけにしては、ハンドリングに優れ、本当に乗って楽しいクルマだね。あの頃、多くのルノー・ウィリアムズにはさらに改良の手を加えられ、面白いものもできたけれど、今では標準仕様がコレクターズカーとして求められているんだ。コンディションの良いものを見つけるのは大変だよ」と話している。
実際に買うとしたら、相場はどれくらいだろうか。