知ってた? ポルシェ964「フラットノーズ」 元オーナーは元首 試乗記
公開 : 2017.10.07 19:10
964 無数の派生モデル 全盛時代へ
ポルシェは1989年10月にRRのカレラ2をクーペ、タルガ、そしてカブリオレの構成で提供し始めた。1990年1月にティプトロニックと呼ばれた自動変速機が装備され、その2カ月後には(930エンジンを搭載した)3.3ℓターボを導入した。
さらに混乱を引き起こしたのは、1991年8月からのカレラ2クーペとカブリオレモデルのオプションとして、駆動方式はそのままにターボ風の外観であるターボルックが選べるようになってからだ。
また、1993年2月に発売された派生車種、スピードスターの存在も忘れてはならない。もちろん、1992年10月の再発売に間に合わせて3.6ℓエンジンを搭載したターボ車も重要だ。これに続いてターボS、楽しさが尽きないカレラRS、そして驚異的なカレラRS 3.8などが続々と登場した。
当時は、まるで毎週のように旧モデルが退場するのと入れ替わりに新型モデルが登場するような感覚だった。むろん一部の限定版モデルは登場と同時に即完売。カゲロウのように儚く消えていった。
そんなアプローチは、ポルシェの愛好家にはわかりやすいとしても、一般大衆には不可解だったようで、あらゆる派生車種を投入したにもかかわらず、トータルでは後継の993ほども売れなかったのだ。
ポルシェの現在の活況を見ていると、4半世紀前のポルシェの業績不振を忘れそうになるが、当時、ポルシェの業績は厳しく、同じ基本設計の派生モデルを際限なく生産するというビジネスモデルを堅持するしかなかったのも頷ける。こうした業績不振は他メーカーも同じ。当時、多くのライバルメーカーが倒産しているという悲しい過去もある。
およそ6万2172台生産された964は、クラシックな911と1990年代半ば以降のハイテクモデルとを橋渡しする役割を担ったのだった。
964フラッハバウの話に戻ろう。