孤高のF1実況者と一緒にF1を観ると?

公開 : 2018.01.20 11:40

当時を振り返る

今までは寛いでいたが、ウォーカーは肘掛椅子の前へと乗り出して、しきりにテレビの中継画面を見ている。誰かが頭上に掲げた「Go, Go, GO!」のサインに気付いた。

わたしは広告マンとしてのウォーカーの素晴らしい経歴を思い出して(彼は数多くの名コピーを生み出し、アカウント・マネージャーとして有名なMarsチョコレート・バーの宣伝コピーを担当した)、あの有名なレース開始を告げる実況コメントは練りに練ったものだったのかと聞いてみた。

彼はそれを否定して「スティーブ、そんなことを気にしてる暇はないよ」と言った。

中継画面からの騒音が高まり、スタートを告げるライトが点灯すると、バルテリ・ボッタスがハミルトンをおさえて先頭で1コーナーへと突っ込み、コーナー出口では既に十分なリードを奪っていた。

ハミルトンはボッタスの数秒後に続いており、ベッテルはハミルトンの後ろだ。最初の数ラップ、ベッテルはペースを保っていたが、やがてタイムを落とし始めた。フェラーリのもうひとりのドライバーであるキミ・ライコネンに至っては更にタイムを失っている。

リカルドもそれほど大きく後れをとっていた訳ではないが、彼の望みはマシンの信頼性の無さによって潰えた。こんな状況もコメンテーターにとっては簡単に解説できるようになっている。昔は違ったとウォーカーは言う。電子計測が導入される前には、こういった状況を実況することは非常に難しかったのだ。

「常に解説でミスを犯すリスクがあったんだ」とウォーカーは説明する。

「自分じゃどうしようもできない画面の向こう側で起きることを上手く実況しようとしてた。昔は現場から映像で届くラップタイム・チャートを見つつ、実況しながら各車の動きを追って、自前のストップウォッチでタイム差を計ってたんだ」

「他車の動きを見てる間に先頭のクルマがコースアウトしたり、火が出たり、コース・マーシャルをいきなり殴ったりするような出来事がいきなり起こる可能性があった。もしテレビの前の世界中の視聴者に向けて喋っている間に、デレック・ワーウィックが素晴らしい走りで順位を上げていたのを実況し損なったら袋叩きにあうに違いないさ」

ウォーカーは彼の実況が時に彼独特の「マレーイズム」とでも呼ぶべきものを含んでいたことを認めているが、それを気にするようなことはなかったという。なぜなら彼はプロとして仕事を行っており、誰からも文句を言われたことなど無かったからだ。

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