イシゴニス賞 豊田章男(トヨタ自動車CEO) AUTOCARアワード2018
公開 : 2018.05.26 11:40
GAZOO Racingを立ち上げ
「最初の4年間が大変でした」と豊田は振り返る。「日本では3代目は家を潰すと言われています。わたしも3代目ですが。修羅場をくぐっていないので困難な状況に対応できないというのです。今回の危機のような。わたしも危機対応は初めてでしたが、うまく切り抜けられたことは大きな助けになりました。そして危機のおかげで社長として期待されていることは何か、何をすべきなのかを理解することができました。リーダーシップを発揮して会社をまとめる以外なかったんですよ」
このように多忙な業務の中でも、豊田は早くからクルマへの愛情を深めてきた。彼は同好の社員を鼓舞するためにGAZOO Racingを立ち上げ、初期のイベントでは「ドライバー・モリゾウ」の名で自ら匿名でハンドルを握った。彼を取り巻く連中の多さを見れば、匿名が失敗したことは明らかだったが。
彼は突然ニュルブルクリング24時間にドライバーとして参加したこともある。本当の話だ。アストン マーティンの社長ウルリッヒ・ベッツと交代で立派にドライバーを務めた。時は流れ、GAZOOは今ではトヨタの有力なレーシング・ブランドに育ち、豊田自身も漫画やアニメのスターになっている。彼にはもっと壮大な計画がある。モリゾウ・レーシングを立ち上げるのだ。
わたしが今まで面会したトヨタの役員はみなフォーマルでビジネスライクな物腰だったので、オフィスで座って彼と話をしたとき、あなたの「カー・ガイ」ぶりはどこからきているのかとまず聞いてみた。確かに、彼の父や祖父は(親愛なるレースの師匠、成瀬弘(故人)と並んで、わたしのヒーローですと彼はいう)ビジネスを育てること、信頼性の高い買い得なクルマを作ることに専心してきた。