英国史上最高のドライバー、スターリング・モスの軌跡たどる マセラティとともに

公開 : 2018.07.01 12:10

速くはないが、長距離向きのマセラティ

運が味方した面もあった。運転席の前にエンジンをかかえ重量面でも不利なP99は、すでにミドシップが常識となった1961年をむかえる頃には競争力を失ってもおかしくはなかった。しかし、持ち味の驚異的なトラクションにモスの魔法のドライビングがくわわり、そしてコースがすこし濡れてでもいれば、世界の名だたるドライバー勢とて敵ではなかった。

ブラバム、マクラーレン、ブルックスに43秒もの差をつけ、残りの完走車をすべて周回遅れにするぶっちぎりで勝ったのだ。P99はF1で優勝した最初で最後の4WD車だっただけでなく、最後に勝ったフロントエンジン車でもあった。いままでステアリングを握ったF1マシンの中でも、モスがいちばんまた乗りたいのがこれだという。

名残惜しいが、また南へ発たなければいけない。このマセラティ、たとえばはるかに安く手に入るポルシェ911 GTSとならべても、比べる対象にもならない。どこをとってもポルシェの勝ちだ。速く楽しく機敏で、クルマとの対話も成りたつし、操作性もよく、気やすく日常に使える……などなど、探せばいくらでもある。

おまけに4.7ℓのV8をもってしても、現代の水準では「速い」とはいえない。あるていどの区間を自制の範囲でできるだけ飛ばしてみたのだが、恥ずかしいことに撮影担当のスタン・パピオールが乗るホンダシビック・タイプRの姿はずっとバックミラーに大写しのままだったのだ。引き離す気にもなれなかった。

それでも、わたしのこのマセラティへの惚れこみようにはあらためて気づかされた。静かで快適で、長距離もおどろくほど難なくこなせるし、かつてのイタリアンGTのようにどこかが体にあわなくてイライラするようなところがないのだ。おまけにこの美しいスタイルにエンジンサウンドとくれば、すべて許せてしまうに違いない。あきらかな弱点はあるけれども、この手のクルマならではの魅力がにじみ出している。

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