マクラーレン、急成長のワケ 各部門チーフに聞く成功の秘訣 前編
公開 : 2018.08.04 11:50 更新 : 2019.05.04 13:03
2011年、初めての市販車を発売
マクラーレン・カーズは活動を中止したが、マクラーレン・グループはロードカー製造部門を温存し、(そして、当時のフォーミュラ1のサプライヤーだったメルセデスにも幸いなことに)公式にはメルセデス-マクラーレンSLRとして知られるクルマを2003年から2008年にかけてウォキングで製造した。自身のロードカーを製造するというデニスの飽くなき野望が両者の関係を台無しにするまで。
10年後、今日のようなウォキング製V8ターボをミッドに搭載した2座のマクラーレンの開発が浮上し、ようやく2011年に最初の市販モデルであるMP4-12Cが発売された。初期のモデルはインフォテインメントシステムのバグに悩まされたが(まもなく後任となる製造の導師マイク・フレウィットがCEOになるとすぐに改善された)、クルマ自体の出来は素晴らしく、当時ロードテスターたちのお気に入りだったフェラーリ458イタリアとさっそく比較されるほどだった。
3段階のモデル構成(スポーツ、スーパーそしてアルティメットシリーズ)発表後の6年間に、マクラーレンはすでに9種類のモデルとその派生車種を発売し、2022年までにあと12車種を発売すると公約している。その半分以上はハイブリッドで、少なくとも1車種(無敵のスーパーカーP1の後継となるアルティメットシリーズ)は純電動となるだろう。
マクラーレンの成功については、読者諸氏と同じくわたしにも知りたいことが山ほどある。もっとも失敗しやすい工業分野でどうやればいちから会社を立ち上げることができるのか? なぜマクラーレンはこんなに早く大きくなったのか? どうすれば顧客の信頼を勝ちとり次から次へと優良顧客を増やすことができるのか? 人材、資金、発想、設備はどんなものか? それはどこから来たのか? 答えを知るには、じっくりと深く考え、検討することが一番だ。われわれはウォキングでマクラーレンの多才な役員チームのメンバーと直に話をし、1日をかけてじっくりと答えを探った。