AUTOCARロードテスト90周年(1) 伝統の緻密な計測 時代に応じた変化
公開 : 2018.12.15 10:10
時代が変わり、知りたいデータも変化
オースチンには計14パラグラフが費やされていたが、運転した印象についてはたったの4章しか書かれていなかった。残りの章はほとんどクルマのレイアウト、ボディ、ルーフ、インテリア、そしてエンジンオイルの補給やハンドブレーキの調整に関する実用性を詳述していたのだ。実に興味深い……。
一方、ロードテスターの仕事である、実証的テスト結果に基づく「ドライバー向けデータ」の欄に登場する数値といえば、それぞれのクルマを3速に入れた時の最高速度と最大加速度(アクセル全開で時速76km/h)、平均燃費(15km/l)、そして時速40km/hでの制動距離(この場合最大15m)しかない。
これは当然、当時のロードテストには他にもっと重要なことがあったからだ。この時代は、クルマの機械的欠陥や、坂を上ることができない、そもそもスタートできない、あるいはブレーキの緩さのせいで目的地に着くことがままならなかったのだ。
小型のオースチンは「2速に入れると1/10勾配で時速34km/hを保持」し、「1速に入れると滑りやすくわだちの多い4/10勾配でも十分制御できた」ようだ。マクラーレンのセナだったら急坂で「もっと十分制御できる」ことだろう。実際には、きっと1/4勾配をミサイルのような速さで駆け上ってしまうはずだ。
装置はどうだろうか。AUTOCARのロードテストの先駆者たちはストップウォッチ、回転と制動距離を記録するための測定用タイヤ、そして業務上必要なデータを記すための鉛筆さえあれば良かった。彼らは必要に迫られてペアを組んで作業していたが、今は一貫性を保つためにペアを組んでいる。
当時は測定区間でインギアの最高速度を計測し、クルマの計器類は適切に調整された。何種類かの加速を一度に測定できるよう、コ・ドライバーが同時に扱うストップウォッチの数は急速に増えた。(戦前のテストでは4つのストップウォッチを同時に使うなんてことは見られなかった。)これは、他のテスト装置がロードテストのプロセスに影響を及ぼし始める何十年も前のことだ。
20年後の戦後になると、AUTOCARのロードテストには実証項目がいくつか追加された。ロードテスト番号1359は、1948年7月9日にリー・フランシス・スポーツの2シーターに対して行われたテストで、インギアとスルーギアそれぞれの0-97km/h加速テスト結果とインギアの最高速度が加わった。
おもしろいことに、「電気式スピードメーター」に関しては、正しくスピードを測り、表示スピードの精度を調整するために使われた。
この頃にはテストプロセスを簡素化し、テスト結果の精度改善のために補助テスト装置が使われていたということになる。しかし、この装置の中身についての詳細は見当たらない。