メルセデス・ベンツSLRマクラーレン スーパーカーを夢見たグランドツアラー 後編

公開 : 2019.09.29 16:50  更新 : 2022.08.08 07:53

比類のない個性。選ぶならロードスター

サスペンションは従来的なコイルスプリングにダブルウイッシュボーンという構成ながら、よく機能しクルマの車重を制御してくれるから、コーナリングも鋭い。メカニカルグリップも高く、パワーデリバリーに慣れてしまえば、とても煮詰められたクルマだと実感する。

一方で限界領域に近づくほどに、ドライブする自信が薄れていく。ステアリングフィールは、ロンドン中心部を抜けてくる時も無感覚だったが、サーキットでスピードを上げても感覚はほとんど改善しなかった。操舵感は重いのに鈍く、路面の情報は伝わってこない。ブレーキは低速域では鳴くものの、熱が加わってくると本領を発揮する。それでもペダルのフィーリングは安心感に乏しい。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレン
メルセデス・ベンツSLRマクラーレン

一般的な自動車の法則では、オープンボディ化すると車重は大きく増え、シャシー剛性は弱くなるものだが、SLRマクラーレンには当てはまらない。ソフトトップのぶん、57kg車重が増えただけだ。カーボン・コンポジット・セルのおかげでクーペからの妥協点は殆どなく、メルセデス・ベンツの量産モデルでも最も高剛性なクルマの1台となっている。

走行性能も、クーペとロードスターとで差はほぼない。だが、クーペの方が気持ちを鼓舞するエグゾーストノートが遠くなるぶん、リラックスして乗れるし上質さも感じ取れる。

ロードスターのソフトトップを閉めれば、クルマの水準がワンランク上がる。クーペと変わらない快適性と上質感が得られるのだ。つまり、わたしの評価で選ぶならロードスターとなるが、クーペ2台の価格で手に入るロードスターは、1台なのだった。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレンは、ゴードン・マレーの希望通りのクルマとはならなかったかもしれない。現役時代の評価は今ほど高くはなかかったが、時が経てば変わる。完璧なハンドリングや空力性能以上に、メルセデス・ベンツとマクラーレンとのコラボレーションは、大きな価値のあるものへと変化した。SLRは比類のない、素晴らしい個性の塊なのだ。

番外編:ゴードン・マレーが思うSLR

「初めに(メルセデス・ベンツの)取締役会のメンバーなどと会議を開きました。ビジョンSLRコンセプトが競合するライバルを尋ねると、アストン マーティンフェラーリランボルギーニなどで、ターゲットはトップクラスの富裕層だと回答がありました」

「フロントミッドシップでラゲッジスペースもなく、燃料タンクはリアアクスルの上。各車輪には1本9.5kgもあるエアサスペンション・ストラットが付いています。前後の重量配分も正しいものとは思えません。このクルマのデザインは忘れて欲しい、と話しました」

メルセデス・ベンツSLRマクラーレン
メルセデス・ベンツSLRマクラーレン

「このクルマにマクラーレンという名前を与えたくない、という本音も話しました。ハンドリングもパフォーマンスも期待できないですし、ライバルモデルと競合することもないでしょう、とも。会議のメンバーは舌を打ち、納得しない様子でした。しばらくして、どんなクルマならライバルとなるのか教えて欲しい、と聞いてきたんです。(SLRを量産化するなら)アーキテクチャから根本的に改めて、設計し直す必要があると思いました」

「SLRには様々な独創的な技術が盛り込まれています。非常に強固な構造が特徴で、今でも誇りに思っています。メルセデス・ベンツが製造したクルマの中で最も安全で、最も剛性の高いクルマであり、それは今でも変わらないはずです」

「SLRは、わたしの設計者としてのキャリアの中でも非常に重要なクルマです。大企業が、すべてを委ねてくれたのですから。エンジニアリングとしては自慢できるクルマだと思いますが、自動車として、本当に愛されているとは思えません」

ゴードン・マレーの自叙伝、「One Formula(ワン・フォーミュラ)」には、より詳しく彼の考えが掲載されている。

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