991型の有終の美 ポルシェ911スピードスター MTでNAの最後の911なのか
公開 : 2019.11.27 09:50
本物のNAフラット6のサウンド
クルマを停めて、ファブリック製のルーフを畳みリアパネルの中にしまえば、スピードスター本来の姿になる。NAフラット6を象徴するノイズは、周囲の壁やトンネルで反響し、さらに直接的に響いてくる。
正真正銘の、背中がうずくスリリングなサウンドトラック。基本的にカレラカップのレースマシンと同じユニットだから当然だ。低回転域のバリトンから、徐々にメカニカルノイズとのオーケストラが始まり、レブリミットまで盛大な叫びへと変わっていく。
ガソリン微粒子捕集フィルターは通常、排気音の音域を狭めてしまう。だがスピードスターの場合は違う様子。またクーペボディから屋根を切り取ると、剛性が低下し、補うために車重が増えるもの。しかしここでもスピードスターの影響は小さい。
極寒でスピードは控えめにならざるを得なかったが、911スピードスターはGT3並みに惹き込まれる特別さがあった。ステアリングホイールには欲しいと感じるすべての情報が伝わり、フロントタイヤの強力なグリップは自信を掻き立ててくれる。コーナリグを密かに手助けしてくれる後輪操舵も好印象。
試乗車が履いていたタイヤはダンロップ・スポーツマックス。ミシュラン・パイロットスポーツ・カップ2より一般道向きなものの、路面温度の低い条件は苦手なはず。しかし水で覆われた道で、充分なグリップ力を示してくれる。
同じ日にボクスター・スパイダーにも試乗したのだが、アンダーステアで滑り出したり、オーバーステアでテールを振ったり、落ち着きがなかった。その点、911スピードスターは安定を保ってくれる。
ただし、その安定性はコミュニケーション力に掛かっている。指先や腰回りには絶え間なくクルマが発する情報が届き、今の状態と余力を正確に知ることができるから、それを理解する力も必要となる。
全身の感覚すべてに濃密な刺激が届く
低温のウェットというトリッキーな条件で、走行性能とドライバーとの一体感を際立たせ、多くの達成感を味わえる2輪駆動のクルマは数少ない。ポルシェはグリップの限界まで、しっかり楽しませてくれる。
ドライバーが限界領域まで踏み込むと、魔法のような電子制御デバイスの秘めた力が顕になる。ギリギリまで操縦できるという余裕と自信を与えてくれるだろう。
乗り心地も素晴らしい。低速域では硬さを実感するが、スピードを上げるほどに柔らかく溶けていく。英国の北東部の路面状態は滑らかながら波打ちも多いのだが、優れた姿勢制御と充分な快適性という、絶妙のブレンドを実現させている。
スポーツモードはややハード過ぎ、アダプティブ・ダンパーはノーマルが良い。鋭い凹凸やうねりがあっても見事に丸め込み、落ち着きの無さを感じることは一度もなかった。
GT3でも同様のドライビングフィールは得られるが、完璧にクルマと一体になるような、没入感はスピードスターならでは。エンジンやタイヤからのノイズは大きく、タイヤが跳ね上げる水しぶきや砂粒がドライバーまで飛んでくる。
クルマや牧場から漂う匂いも実感できる。エグゾーストやブレーキが高温で放つ匂いはたまらない。
かなり厳しい気象条件だったにも関わらず、ルーフのないスピードスターは、911のドライビングをより素晴らしい体験にしてくれた。全身の感覚すべてに、濃密な刺激が絶え間なく届けられる、特別なマシンだ。