ロードテスト JCBファストラック ★★★★★★★★★★

公開 : 2019.12.22 11:50  更新 : 2020.01.06 10:12

意匠と技術 ★★★★★★★★★★

そもそも、トラクターというのは速く走るために造られてはいない。大トルクに任せて、大きく重いものを運ぶのが目的だ。農業や建築の現場でそれを使っているひとびとからすれば、スピードを出すためのトラクターなどという酔狂は理解し難いところだろう。

通常のファストラックは、ほかの農業用トラクターにはまず見られない、構造的なアドバンテージがある。セパレートシャシーだ。

巨大な水冷インタークーラーは、氷も用いて280℃の過給気を10℃まで冷却する。
巨大な水冷インタークーラーは、氷も用いて280℃の過給気を10℃まで冷却する。    Olgun Kordal

サスペンションはフロントのみで、キャビンはドライブトレインの上で宙ぶらりんなものが多いなか、ファストラックは前後ともサスペンションを装備する。おかげで、たいていのトラクターより乗り心地はまともだ。

メルセデスのウニモグ4WDトラックより最高速はやや落ちるが、それでもトラクターとしては速いほうだ。そのため、農場が大きくなり、農地が遠くなっても、トラックではなくトラクターで移動することができる。

とはいっても、そのトップスピードはたったの69km/hだ。250km/h近い速度記録にはほど遠い。基礎がトラクターであるものを、そこまで速く仕上げるのは並大抵の仕事ではない。JCBの面々がどれほどの労力を注ぎ込んだか、もともとのトラクターと並べてみればよくわかるはずだ。

ファストラックは、一般的なトラクターよりダイナミックなルックスだ。それでも、キャビンは見上げるほど高い位置にあり、タイヤは目の高さまで届く。間違いなく、トラクターにほかならない。

対して、記録を打ち立てたファストラック・ツーは、いかにもコンピューターでデザイン画を描いたと思わせる。そして、背が低くなっている。前後方向に分厚いシャシーレールを走らせるが、その重量は半分に削減している。

その車体は、大きく3区画に分けられる。フロントのエンジン周り、リアのサスペンション周り、そしてセンターのキャビン周辺だ。

いずれも低められているが、とくにエンジンはそれが顕著。さらに通常のファストラック4WDと異なるのは、前輪の駆動系が取り払われていることだ。また、2レシオCVTが、トラック向けの古式ゆかしいHパターンのZF製6速MTに換装されている。

その後方には、より頑丈なトラクター用のドライブシャフトがリアアクスルへと走る。そこにはトラクターのクラウンホイールとピニオン、後輪の回転をロックするスプールディファレンシャルが備わる。

ある意味では、直線を飛ばそうとした場合、これ以上の完璧なセットを望めないかもしれない。フロント縦置きの、この上なくスムースな6気筒エンジンが、マニュアルギアボックスとリアのロックデフを介して後輪を駆動。大きな4つのタイヤは、アライメントがすべて同じ向きだ。

ついでに言えば、肩の高さほどもあるホイールは、普通のサプライヤーであるGKNが製造したトラクター用だ。もっとも、JCBが採用する中ではもっとも小さく、許容誤差は通常の3mmから1mm以内へ厳密化されている。

重量も最大1kg軽量化されているが、普通ならスピードを要求されないトラクターで、ホイールのウェイトを気にされることのまずない要素だ。

タイヤ自体は、40km/h程度での走行を想定したA8レートだとモールドされている。ところが、実際には2本のバンドが内蔵され、240km/hを超えても外径の膨張を2mm以下に抑えている。

コンパウンドは天然ゴムの比率を高め、トレッドは27mmから10mmへ浅溝化した。もっとスムースなトレッドパターンにしてもいいように思えたが、あくまでもトラクターらしくあろうとしたのだろう。

形状を一見するとノーマル品の流用と思えるボンネットは、素材をスティールからアルミに変更。キャビンもまた、量産品そのままではない。それらの周囲を流れる空気は、追加された空力パーツで整流される。

シャシーは市販車のファストラックに対し、最大300mm狭められ、高さは200mm下げられた。ルーフで見ると、400mmも低い。

最後に、おそらく最重要ポイントであるエンジンについて紹介しよう。7月にJCBが最初の記録を樹立したときには、だいたい500ps強だった。

今回のJCB672ユニットは、プッシュロッド4バルブの7.2L直列6気筒ディーゼルで、出力は4桁に入る。以前の倍は必要だったということだ、とてつもない速さを求めるには。

この新型エンジンは、トラクターとしては最大級のターボチャージャーを装着する。ブースト圧は5barで、大きなターボにありがちだが、十分なエアが入るまではブーストが十分に上がらない。

そこで、低回転域でもターボの回転を維持するため、電動スーパーチャージャーを追加。MTでのシフトチェンジの最中にクラッチを切っている間は、リアに積んだスキューバダイビング用タンクから、排気系へと100barのエアを吹き込む。

そうして常に大型ターボを回し続けることがキモだ。とはいえ、リッター143psもの大出力ディーゼルの発する熱は、吸気温度も高めてしまう。そのため、氷を用いて冷却性能を高めた水冷インタークーラーを、ターボと吸気マニフォールドの間に配置している。

冷却用に使われる氷は25kgも積み込まれるが、滑走路を走り切る頃にはすべて使い果たしていた。そのぶん効果は非常に高く、ターボを出た際には280℃もある吸気が、インタークーラーを通ると10℃にまで冷やされるのだ。

その空気を一般的な吸気バルブを経て取り込んだエンジンは、圧縮比がベースユニットの18:1から11:1へ下げられている。これも標準仕様のピストンは、鍛造コンロッドを押し下げ、これまたノーマルパーツのクランクシャフトを回す。

排気バルブはベースユニットと同じサイズだが、材質が変更された。排気マニフォールドは、3Dプリンターを活用してインコネルで製作。なにしろ、排気温度が1000℃近いのだ。ベンチテストで赤熱しているのが確認された排気マニフォールドは、冷たい走行風が当たっても同じ状態だ。

これだけ手を加えて、途方もないパフォーマンスを引き出しているものの、桁外れの力に晒されたメカニズムは満身創痍になる。記録達成の後、顕微鏡レベルのクラックが入っていることがわかった。なにしろ、ドライブシャフトにかかるトルクは最大456kg−mを超えるのだ。

そのため、今回のテストでは実力を存分に発揮するというわけにはいかなかった。せいぜい500psちょっとしか出せなかった。それが、レコード挑戦時とはかけ離れた走りに終わった理由だ。

それでも、ギアを固定した高速域での追い越し加速は、フォード・フォーカスRSに肩を並べるレベル。滑走路上に短く取ったコースでも180km/hに達し、やはりフォードのハイチューンなトラック、レンジャー・ラプターが相手なら、後塵を拝ませることになる。

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