【主役と影武者】ACアシーカ/アストン マーティンDB MkIII 007が結ぶ2台 前編
公開 : 2020.01.18 07:20 更新 : 2020.12.08 10:56
アヒル口のフロントグリルを獲得
1955年になるとDB2/4はMk2となり、ボディには小さなテールフィンが追加。テールライトも新しくなり、フロントフェンダーのデザインもより魅力的なものになっている。そして1957年に、映画で主役級の扱いを受けるDM MkIIIへと進化した。
ほかにも、DB2からDB2/4へアップデートされた際の内容は大きい。ルーフラインは高くなり、リアのクロスブレースは、定員を2名増やすために取り除かれた。リアウインドウは再設計を受け、大きな荷室へのアクセスも容易になっている。
DB MkIIIへの進化で最も特徴的なのはアヒル口のフロントグリル。DB3Sレーサーのイメージに大きく影響を受けた形状で、それ以来すべてのアストン マーティンへと展開される、トレードマークといっていい。
アルミニウム製のボディを支えるのは頑丈なシャシー。エンジンはウォルター・オーウェン・ベントレーが設計したDB2/4の直列6気筒に、大幅な改良を加えている。エンジニアのタデク・マレックがエンジンブロックやクランクシャフト、給排気系を設計し直している。
最高出力は142psから164psへと向上。今回試乗したツインエグゾースト仕様の場合、180psにまで引き上げられた。ガーリング社製のディスクブレーキは後に標準装備となっている。
インテリアもすべて新しくリ・デザイン。計器類はこの代になって初めて、ドライバーの正面にレイアウトされた。
わずか8台のみのラッドスピード社製
一方のACアシーカの起源は、1953年のACエースにまで遡る。オープントップのスポーツカーで、フェラーリ166バルケッタに影響を受けたクルマだ。
軽量なチューブラーフレームのシャシーの上に、アルミニウム製のボデイパネルと、木製フレームのドアが取り付けられている。アシーカのボデイは、アストン マーティンと同じハッチバック・スタイル。
モデルライフは9年間に及んだが、その中で注目するべき変化はパワートレインだろう。初期のアシーカには既に年季の入った2.0L OHC直列6気筒エンジンが搭載されていたが、1956年のクルマからはブリストル製の121psの直列6気筒へとスイッチし、パワーアップ。
1961年になると、フォード・ゼファーに搭載されていた2.6Lエンジンへと変更。ラッドスピード社によって手が加えられ、5段階のチューニングから選択できた。
エントリーグレードのアシーカには、軽く手が加えられた鋳鉄製エンジンヘッドを備える。トップグレードのエンジンは更なるチューニングが与えられ、172psを獲得。トリプル・ウェーバーキャブに、レイモンド・メイズの手によるアルミニウム製ヘッドが載っている。
同時期、ACエースはキャロル・シェルビーからの注目も高く、コブラへの対応に追われる中で、ラッドスピードが手掛けたアシーカは8台のみ。イアン・フレミングが手に入れたACアシーカのシャシーナンバーはRS5506。1967年8月のモデルだった。
続きは後編にて。