【石油王が求めた贅沢】メルセデス・ベンツ600 グラスルーフに広がる欲望 前編

公開 : 2020.02.08 07:20  更新 : 2021.02.02 12:41

特注で巨大グラスルーフにコンバージョン

ところがメルセデスはその要求を拒否。ねじり剛性の高さには定評があったが、ルーフを変更すると大型サルーンの構造性能を損なうと主張した。オープントップのランドレーを製造してはいたのだが。

その判断に納得できなかったグルベンキアンは、偽名を用いてフランスのメルセデス・ディーラーからショート・ホイールベース版の600リムジーネを手に入れ、コンバージョンを行う。

メルセデス・ベンツ600リムジーネ
メルセデス・ベンツ600リムジーネ

当時で8万2000ドイツマルク(656万円)を600リムジーネに支払ったグルベンキアン。フランスのコーチビルダーでデザイナーの、アンリ・シャプロンにグラスルーフの取り付けを指示した。夢を叶えるために。

改造に掛かった費用は、車両代よりも高く付いた。何よりもルーフのほぼ全面を占める巨大な1枚もののトリプレックス・ガラスが問題だった。太陽光の位置に合わせられるように、シルバー・レイスにも付いていた布製のシェードも希望した。

当初、シェードの機能も実現するため、不透明な液体を層の間に流し込める複層ガラスも検討していたそうだ。

リアシートは、オーナーと特別に紹介された数人のゲストが星を眺められるように、折り畳み式に変更。ダブルベッド・サイズのフラットな空間ができあがる。

インテリアパネルはすべて一度取り外され、新しい皮革に張替えさせた。ちなみに、他の彼のクルマも同様の変更を受けている。前席と後席との仕切りには、補助のスピードメーターと燃料計、スピードパイロット社製のラリータイマーが取り付けられた。

贅沢を極めたリアシートに広がる景色

メルセデス・ベンツ600のリアシートの方は、複数のボトルが収められるミニバーが設えられ、ドアにはシガーパイプのホルダーも付いている。リアウインドウにはガラス製のディフレクターを追加。新鮮な空気を取り入れながら走っている時、風圧で生まれるバッファリングを減らしている。

小さなドアハンドルは、クルマの大きなボディとは不釣り合い。銀製のスプーンにも見えるが、ダッシュボードに並ぶ金属製の装飾との調和は取れている。ダッシュボード自体も皮革で覆われ、当時物のベッカー・メキシコTRのカーラジオが収まる。

メルセデス・ベンツ600リムジーネ
メルセデス・ベンツ600リムジーネ

ドアを開くと、サイドシルの上面にはコーチビルダーが付け替えたキックプレートがお出迎え。繊細なフレンチ・スタイルが、巨大なドイツ製自動車の雰囲気を柔らかいものにしている。

ボディは、見事な深みを持つ翡翠のようなグリーンに塗り直されている。リアピラーとルーフ外周はピスタチオのような柔らかい色が指定された。

コーチビルダーのアンリ・シャプロンは、いつもどおりドアに小さなモチーフをあしらった。ボディサイドにはゴールドのピンストライプが入っている。

このメルセデス・ベンツ600の見どころはなんといっても巨大なトリプレックス・ガラス。もとのルーフラインに合わせて美しく曲面を描くように成形されている。

負荷がかかるためか、それぞれのコーナーには僅かなヒビが見られる。メルセデス・ベンツ社のエンジニアの判断が正しかったことを示している。だが、例えそうでも、この野心的なグラスルーフからの眺めは価値がある。

続きは後編にて。

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