【写真で振り返る】印象的なクルマのカラーリング ガルフ、マルティニ、レナウン、555
公開 : 2020.05.02 08:50 更新 : 2020.05.02 14:42
プリマス・ロードランナーのSTPカラー
ピンチに陥っていたリチャード・ペティ(1937-)と彼のNASCARレーシング・チームには、最後の瞬間に幸運が転がり込んだ。1972年、ペティのチームはメインスポンサーが決まらないままシーズン開幕戦を迎えようとしていた。そこでペティは最後の賭けに出る。米国のオイルと燃料添加剤メーカーであるSTPと交渉に臨んだのだ。賭けは見事に当たり、白、赤、青のSTPのロゴは、すぐにペティのレースカーと同義になった。
STPにとっても同様にこの契約は成功だった。プリマス・ロードランナーに乗るペティは開幕戦でいきなり優勝。その後も7勝を挙げ、自身4度目となる選手権タイトルを獲得したのだ。両者の深い結び付きを示すように、STPはスポンサーしていた他のレースカーもペティのレースカーと同じカラーリングに変更した。ペティは現役を引退する1992年まで、STPのロゴが描かれたマシンに乗り続けた。
ポルシェのピンク・ピッグ
レースの歴史において最も風変わりで楽しいクルマのカラーリングの1つは、ジョークから生まれた。噂によると、ポルシェの耐久レース・チームをスポンサーしていたマルティニは、1971年用マシンの917/20を見たとき、その不格好さに嫌悪感を示し、同社の象徴的なカラーリングの使用を許可しなかったという。そこでカラーリングのデザインを一任されたアナトール・ラピーヌ(1930-2012)は、「ピッグ」と呼ばれる視覚的な遊びを、このポルシェに施した。
豚肉の部位を示す図表から着想を得たラピーヌは、917/20のボディワークを切り分けるように破線を入れ、豚肉の各部位を表す言葉を書き込んだ。遊び心から生まれたこのカラーリングは思いがけず、コース上で最も識別しやすいポルシェのカラーとなった。クルマ自体の速さもなかなかのもので、1971年のル・マン24時間レースでは一時、総合5位まで順位を上げたものの、事故によるダメージを受けてリタイアに終わった。
スバル・インプレッサの555カラー
スバルの世界ラリー選手権参戦車ほど、モータースポーツからロードカーに転移されたカラーリングも少ないだろう。そのダークブルーをベースとしたカラーは、1995年シーズンにコリン・マクレーとカルロス・サインツがチームメイト同士の激しい闘いを繰り広げたクルマの雰囲気だけでも手に入れたいと願うファンの間で人気が高い。
ボディに描かれたタバコ銘柄のロゴに加え、もう1つの特徴はゴールドに塗られたホイールだ。他のクルマではまず間違いなく野暮ったく見えてしまうものだが、インプレッサにはこれ以上ないほどクールに決まっていた。これより前の時代には、同じカラーリングを施したレガシィRSがラリーに参戦していたものの、コンパクトなインプレッサほどカッコよく見えなかった。