【リーフのゆくえ】日産の新型EV「アリア」投入、リーフの大幅な構想転換あり得る背景

公開 : 2020.05.11 05:50  更新 : 2021.06.04 11:13

日産リーフ、本来は4〜5兄弟だった

筆者(桃田健史)が初めてリーフの実態に触れたのは2009年5月15日。場所は、北欧ノルウェーのスタバンゲル市だった。

世界的なEV関連の技術学会であるEVS24が開催され、欧州日産幹部が行った発表の中で突然、リーフの情報が登場した。

初代の登場時「商用車やスポーツカーなど少なくとも4〜5タイプのEVを段階的に市場導入する」という表現だった。が、実際に量産できた派生車は、2014年発売の商用車「e-NV200」のみ。
初代の登場時「商用車やスポーツカーなど少なくとも4〜5タイプのEVを段階的に市場導入する」という表現だった。が、実際に量産できた派生車は、2014年発売の商用車「e-NV200」のみ。

5ドアハッチバック、床下に駆動用バッテリー、車体前部にモーターや制御システムを搭載というイラストだった。

その幹部は「これまでEVというと航続距離が短く、都市内で移動するシティコミューターのイメージがある。日産はこうした常識を改め、ファミリーカーとしてのEVを2010年から量産する」と言い切ったのだ。

その後、日米で「ティーダ」をベースとしたEV実験車両がメディアで公開され、筆者は北米日産本部(米テネシー州ナッシュビル)敷地内でじっくりと試乗した。

2010年に初代リーフとして登場する前後になると、日産幹部らにリーフの将来構想について取材した。

その際に出てきたのは「リーフを軸足として、商用車やスポーツカーなど少なくとも4〜5タイプのEVを段階的に市場導入する」という言葉だった。

ところが、社内外の様々な事情によって、実際に量産できたリーフ派生車は、2014年発売の商用車「e-NV200」のみ。2019年に生産は中止されている。

2017年、2代目リーフに入ってから、初代のような兄弟車計画は日産側から聞こえてこない……。

リーフの在り方、大幅な構想転換も?

初代リーフは兄弟車計画や、世界各国での充電インフラベンチャー事業など、様々な「寄り道」をしたが、結果的には自動車メーカーによる世界初の量産型EVとして自動車産業に大きな功績を残した。

そうした経緯を各地の現場で見てきた身として、正直にそう思う。

日産ノートeパワー(上)と日産セレナeパワー(下)が収益上、日本における日産の電動化事業の柱となっている。
日産ノートeパワー(上)と日産セレナeパワー(下)が収益上、日本における日産の電動化事業の柱となっている。

その上で登場した2代目の使命は、EV技術の熟成のみならず、コネクティビティや高度運転支援技術も備えた、日産がインテリジェントモビリティと呼ぶマーケティング戦略を支えることだ。

ただ、収益上、日本における日産の電動化事業の柱はリーフではなく、ノートやセレナに搭載するeパワーだ。

当然、リーフで培った電動化技術が活用されているとはいえ、リーフという商品が多モデル化するようなイメージではない。

さらには、新型コロナウイルス感染拡大により世界市場で多大なる影響を受け、極めて厳しい経営状況にある中、リーフを生んだゴーン体制を根本から見直して新生・日産への大転換を図る際、リーフの在り方を再定義する必要があるかもしれない。

日産はいま、2022年以降の事業計画を練っているが、引き続き日産の主力事業であるはずのEVについて、2020年アリア投入をきっかけに大幅な構想転換がなされても不思議ではないと思う。

リーフの動向について、これからもしっかりと見守っていきたい。

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