【スーパーカー黄金時代】フェラーリF40、ホンダNSX、イズデラ・インペレーター 前編
公開 : 2020.09.26 07:20 更新 : 2021.08.05 08:08
ホンダNSX
本格的な発展に出遅れた日本車だったが、1980年代には性能はソコソコでも、安全で信頼性の高いクルマとして理解されるようになっていた。そこへ1990年に投入されたのが、ホンダNSX。本田宗一郎の、欧州車に匹敵するクルマを作るという願いがあった。
当初は、フェラーリ328のライバルとしてスタート。開発には時間を要し、1989年の東京モーターショーに姿を現した時には、348tbがライバルになっていた。
NSXの成功の鍵は、軽さにある。アルミニウム製モノコックを採用した初の量産モデルで、ダブルウイッシュボーン式のサスペンションは鍛造品だ。
エンジンも素晴らしい。V型12気筒が噂されていたが、実際は先進的な2977ccのツインカムV6。可変バルブタイミング機構を備えた自然吸気で、車重とコスト増を回避するため、ターボは搭載されていない。
コンロッドはチタン製で、内部構造は鍛造。レブリミットは電子的に8300rpmまでに抑えてある。当時の一般道では目にすることがないほどの、高回転域だった。
F-16戦闘機から発想を得たというコクピットのデザインは、視認性に優れ、市街地でも運転しやすい。一方でNSXの性能を考えると、スタイリングは穏やかすぎた。今では、フェラーリ348より良い年のとり方をしているように見える。
NSXは、スーパーカーの設計に静かな革命を起こした。窮屈さや熱さ、実用性や運転のしやすさなどを、我慢する必要がないと証明した。現代のクルマに並ぶ、扱いやすさを備えている唯一の存在といってもいい。
ベクターW8
1970年初頭まで、スーパーカーでアメリカとの血縁が一番濃かったのは、フォード製エンジンを搭載したデ・トマソ・パンテーラだった。だが、1978年にジェラルド・ウィガートがベクターW2コンセプトを発表。話題をさらった。
ウィガートが考案したスーパーカーには、間違いなくイタリアの影響があった。1968年に発表されたアルファ・ロメオ・カラボ・コンセプトに、スタイリングは近似。シザーズドアとオーバーフェンダーを付ければ、ランボルギーニにも見える。
ベクターW2は、生粋のアメリカ生まれ。エンジンは5.7Lのシボレー製V8。ツインターボで過給し、3速ATが組み合わされていた。最高速度は389km/hを主張した。
ボンネビルで華々しく発表されたが、資金難でプロジェクトは中断。W2コンセプトがベクターW8として生産に移されたのは、1989年だった。
10年ほどのブランクの空いたW8だったが、W2から大きな進化を得ていた。エンジンはドラックレースのスペシャリスト、ジョン・ロデックが設計した6.0LのドライサンプV型8気筒を採用。
鍛造製の内部構造と、ギャレット製のターボにより、633psと89.5kg-mを叩き出した。2台のプロトタイプの後、裕福な顧客へ17台が届けられている。
テニスプレーヤーのアンドレ・アガシもオーナーの1人になったが、カーペットから出火。クルマは返却され、信頼性の低さに注目が集まった。さらにカー&ドライバー誌のテスト中、3台が故障。汚名回復には至らなかった。